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日本ウイルス学会 SARS-CoV-2レポート(第1報)
COVID-19パンデミック下のSARS-CoV-2変異株発生要因
および日本における市中流行株の変遷について


日本ウイルス学会 SARS-CoV-2レポート(第1報)

COVID-19パンデミック下のSARS-CoV-2変異株発生要因
および日本における市中流行株の変遷について

武内 寛明
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 ウイルス制御学分野

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因病原体であるSARS-CoV-2(ベータコロナウイルス属のコロナウイルス)は、2019年末の中国・武漢で確認されて1年を経た。パンデミックが続く現在は、まさに「病原体と宿主とのせめぎあい」の渦中であるといえる。ウイルスの生存は宿主集団における効率的な増殖と伝播に依存する。そして、ウイルス側の長期生存戦略は、「宿主免疫反応からの逃避」であり、その逃避法としてもっとも有効なのは「遺伝子変異」である。コロナウイルスは、自身のエキソヌクレアーゼによる遺伝子校正機能を有していることから[1]、自己複製におけるランダム変異率は比較的低いと想定され、またウイルスゲノムはインフルエンザウイルスのように分節化されていないことから遺伝子分節の混ぜ合わせ(遺伝子再集合)はなく、複製過程における遺伝子組換え率も低いと考えられていた。もっとも世界レベルの感染者の拡大とともに、優勢を占めるウイルス株の変遷として、まずSpikeタンパク質のD614G変異株が欧米で検出され、このウイルスの世界レベルの感染拡大がはじまった[2] (表1)。そして、2020年後半から2021年2月の現時点で、世界中の異なる地域でウイルスゲノムの様々な部位に新たな遺伝子変異が蓄積し、多数のSARS-CoV-2変異株の出現と拡大が報告されてきたのが現状である(https://nextstrain.org/ncov/global, https://cov-lineages.org/)。 2021年2月時点で高い感染効率やワクチン効果への影響が懸念されている変異株は、以下の3系統変異株である(図1)。


(1)英国型変異株(B.1.1.7系統*1:20I/501Y.V1*2)[3]
(2)南アフリカ型変異株(B.1.351系統*1:20H/501Y.V2*2)[4]
(3)ブラジル型変異株(P.1系統*1:20J/501Y.V3, P.1*2)[5]

非同義置換部位は、英国型変異であるB.1.1.7系統株では17箇所、南アフリカ型変異であるB.1.351系統株では21箇所、ブラジル型変異であるP.1系統では21箇所が見つかり、多数の遺伝子変異が認められている。これらは限られた集団ないしは個体で多数の変異を獲得した可能性が考えられている。それを支持する具体的な事例として、免疫不全(抑制)患者のSARS-CoV-2長期感染例におけるウイルス遺伝子変異蓄積が複数報告されている[6, 7]。具体的な非同義置換蓄積部位として、上記3系統株において感染性の増大に関すると考えられる共通変異部位(Spikeタンパク質N501)や免疫逃避(Spikeタンパク質del69-70およびE484)などのウイルス複製機能に影響を及ぼすことが示唆される変異蓄積が検出されていることから、上記3系統変異株の発生理由が説明できるかもしれない。また別の研究成果から、培養細胞実験においてSARS-CoV-2は免疫逃避変異をすみやかに獲得する能力が高いことも示唆されている。具体的には、COVID-19回復者由来の血清存在下でSARS-CoV-2の感染を培養細胞で継続させるとSタンパクのE484変異が蓄積されること[8]、治療用中和モノクローナル抗体による変異誘導(K417, E484, N501)がしばしば認められることが報告されている[9]。
 これらの知見より、現時点におけるSARS-CoV-2市中流行株にみられるパラダイムチェンジに関わる要因は、免疫抑制患者体内におけるSARS-CoV-2長期持続感染による遺伝子変異蓄積能およびSARS-CoV-2のすみやかな免疫逃避変異の獲得能が関与していることが考えられる。
 直近における本邦のCOVID-19流行状況は、2020年11月以降COVID-19の急速な症例数の増加局面であり、2020年12月からは感染性が増強していると示唆されている英国由来のSARS-CoV-2変異株(B.1.1.7系統株)や南アフリカ由来の変異株(B.1.351系統株)などの国内流入は、ウイルスの市中流行をさらに増加させる要因となりうると懸念されている。そして、2021年1月以降、B.1.1.7系統株の市中感染事例が増えつつあるだけでなく、前述2種類の変異株と共通変異部位を有する新たな変異株(P.1系統株)が、ブラジルからの渡航者から検出されている[10](表1)。
 これらのことから、様々な海外由来SARS-CoV-2系統株の国内流入阻止は非常に難しい状況にあると考えられる。2021年1月末の時点において日本国内における市中流行株は、B.1.1.214系統株が主流であるが[11, 12]、海外からの流入が疑われる系統株として、英国由来の系統株3種(B.1.1.4, B.1.1.166, B.1.1.220の3系統)および米国由来の系統株(B.1.346)が検出された[11, 12]。これらは、B.1.1.7やB.1.351系統株のようなSタンパク多重変異は認められていないことから、市中流行株の変遷に影響を及ぼす可能性は低いと考えられる。さらに解析を進めていくと、新たな英国系統株(B.1.1.310, B.1.1.64の2系統)だけでなく免疫逃避型変異(E484K)を有するカナダ系統株(B.1.316)やB.1.1.316系統株の新規感染事例が確認された[13, 14]。これらの系統株は、感染性の増大に関与すると考えられているアミノ酸変異(N501Y)を有しておらず、N501Y変異を有する変異株とは異なる特徴であることが推測される。本知見は、東京医科歯科大学新型コロナウイルス全ゲノム解析プロジェクトおよび国立感染症研究所から得られたものである。しかしながら、市中流行株や海外流入株のヒトからヒトへの感染が維持されることで新たな本邦由来の系統株が発生する可能性は十分考えられる。しばらくは注意が必要である。

謝辞
東京医科歯科大学新型コロナウイルス全ゲノム解析プロジェクトは、東京医科歯科大学をあげて実施したものであり、田中雄二郎学長の学長裁量経費などにより遂行されました。医学部附属病院検査部の東田修二部長および感染制御部の貫井陽子部長には、COVID-19患者由来検体の分与にご協力いただきました。またSARS-CoV-2全ゲノム解析は、難治疾患研究所ゲノム解析室の谷本幸介助教およびリサーチコアセンターの田中ゆきえ助教とともに遂行されたものです。木村彰方理事・副学長・統合研究機構長には、プロジェクトの進め方や枠組みについて有益な助言をいただきました。この場をお借りして深く御礼申し上げます。 



*1 新型コロナウイルスに関して世界共通の系統分類方法であるPangolin(COVID-19 Lineage Assigner Phylogenetic Assignment of Named Global Outbreak LINeages, https://cov-lineages.org/lineages.html)による分類系統IDによる分類系統名である。

*2 Nextstrain【GISAID(Global Initiative on Sharing Avian Influenza Data, https://www.gisaid.org)を主なデータ情報源とした、COVID-19、エボラ出血熱、デング熱、結核、季節性インフルエンザウイルス等をはじめとする様々な感染症の進化を追跡するオープンソースアプリケーション(https://nextstrain.org/sars-cov-2/)】による分類系統名である。


引用文献
1. Minskaia, E., et al., Discovery of an RNA virus 3'->5' exoribonuclease that is critically involved in coronavirus RNA synthesis. Proc Natl Acad Sci U S A, 2006. 103(13): p. 5108-13.
2. Korber, B., et al., Tracking Changes in SARS-CoV-2 Spike: Evidence that D614G Increases Infectivity of the COVID-19 Virus. Cell, 2020. 182(4): p. 812-27.
3. Rambaut, A., Preliminary genomic characterisation of an emergent SARS-CoV- 2 lineage in the UK defined by a novel set of spike mutations. Virological., December 20, 2020.
https://virological.org/t/preliminary-genomic-characterisation-of-an-emergent-sars-cov-2-lineage-in-the-uk-defined-by-a-novel-set-of-spike-mutations/563.
4. Tegally, H., Emergence and rapid spread of a new severe acute respiratory syndrome-related coronavirus 2 (SARS-CoV-2) lineage with multiple spike mutations in South Africa. medRxiv, December 21, 2020.
5. Faria, N., Genomic characterisation of an emergent SARS-CoV-2 lineage in Manaus: preliminary findings. Virological., January 13, 2020.
https://virological.org/t/genomic-characterisation-of-an-emergent-sars-cov-2-lineage-in-manaus-preliminary-findings/586.
6. Choi, B., et al., Persistence and Evolution of SARS-CoV-2 in an Immunocompromised Host. N Engl J Med, 2020. 383(23): p. 2291-2293.
7. Kemp, S.A., et al., Neutralising antibodies in Spike mediated SARS-CoV-2 adaptation. medRxiv, 2020.
8. Andreano, E., et al., SARS-CoV-2 escape in vitro from a highly neutralizing COVID-19 convalescent plasma. bioRxiv, 2020.
9. Ho, D., et al., Increased Resistance of SARS-CoV-2 Variants B.1.351 and B.1.1.7 to Antibody Neutralization. Res Sq, 2021.
10. 国立感染症研究所, 感染・伝播性の増加や抗原性の変化が懸念される 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の新規変異株について (第 5 報). January 25, 2021.
11. 武内 寛明, 「英国SARS-CoV-2系統株の新たな市中感染事例を確認」―市中流行株の変遷に影響をおよぼす可能性―. 国立大学法人 東京医科歯科大学 プレスリリース, January 29, 2021.
http://www.tmd.ac.jp/archive-tmdu/kouhou/20210129-1.pdf.
12. 関塚 剛史, et al., 新型コロナウイルスSARS-CoV-2ゲノム情報による分子疫学調査(2021年1月14日現在). 病原微生物検出情報(IASR), January 29, 2021.
13. 武内 寛明, 「免疫逃避型変異(E484K変異)を有する海外(カナダ)系統株の新たな市中感染事例を確認」ー医科歯科大 新型コロナウイルス全ゲノム解析プロジェクト 第2報ー. 国立大学法人 東京医科歯科大学 プレスリリース, February 18, 2021.
http://www.tmd.ac.jp/archive-tmdu/kouhou/20210218-1.pdf.
14. 関塚 剛史, et al., 新型コロナウイルスSARS-CoV-2 Spikeタンパク質 E484K変異を有するB.1.1.316系統の国内流入(2021年2月2日現在). 病原微生物検出情報(IASR), February 19, 2021.

 
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