日本ウイルス学会
インフルエンザウイルス電顕像:東京大学医科学研究所感染症国際研究センター野田岳志特任助手撮影
(インフルエンザウイルス)
東京大学医科学研究所
感染症国際研究センター
野田岳志特任助手撮影
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The Japanese Society for Virology
Virus

ウエストナイル熱

倉根一郎
国立感染症研究所ウイルス第一部、東京都新宿区戸山1-23-1

 

 

  1. はじめに
    ウエストナイルウイルスは1937年にウガンダの西ナイル地区で、発熱した女性から分離されたウイルスである。従って、ウイルスとしては近年発見されたものではない。ウエストナイルウイルスによる感染症であるウエストナイル熱・ウエストナイル脳炎は、従来アフリカ、ヨーロッパ、西アジアでの発生が報告されてきた。日本では、海外で感染し帰国後発症した輸入症例の報告もなく、また国内へのウイルス自体の侵入がないこと等からそれほど注目されていなかった。しかし、従来患者発生のなかったアメリカ合衆国において1999年初めてウエストナイル熱患者が報告され、2002年には3500人を超える患者発生と、200人を超える死亡数が報告されたことから(図参照)、日本においても大きな注目を集めるようになった。
     
    (拡大図は画像をクリック)
     
  2. ウエストナイルウイルス
    ウエストナイルウイルスは多種類の蚊によって媒介されるがイエカが主な媒介蚊である。自然界においては鳥と蚊の間で感染環が形成され維持されている。すなわち、感染蚊に吸血された鳥が感染し、さらにこの感染鳥を非感染蚊が吸血することにより感染するというサイクルを繰り返して維持されている。ヒトは感染蚊に吸血されることによって感染する。しかし、通常ヒトからヒトに直接感染することはないし、感染したヒトを非感染蚊が吸血したとしても、蚊は感染しなと考えられている。
     
  3. 臨床症状
    ヒトがウエストナイルウイルスに感染しても多くは症状を示さずに終る。これを不顕性感染というが、約80%の感染者はこのような不顕性感染と考えられている(従って、感染者の約20%が症状を示す)。ヒトが感染してから発症するまでの期間は3から15日である。普通突然の発熱で発症する。その後、頭痛、背部の痛み、筋肉痛、筋肉の低下、食欲不振などの症状が出現する。約半数で発疹が胸部、背部、上肢に認められる。リンパ節腫脹も通常認められる。通常約1週間で回復する。時に、頭痛、高熱、麻痺、昏睡、震え、痙攣等を症状とする脳炎(ウエストナイル脳炎)を発症する。米国での報告によれば、脳炎は感染者の150人に1人といわれている。脳炎は高齢者に多く、脳炎患者の致死率は3−15%と高率である。1997年のイスラエルでの流行では、頭痛、目の痛み、背中の痛み、下痢などが主な症状であった。また、アメリカ合衆国における脳炎患者では、発熱、消化器症状、異常な精神状態、頭痛、筋力低下、項部硬直、発疹が主な症状とされているが、このうち筋力低下は他の地域での流行ではあまりみられない特徴的な症状として報告されている。
     
  4. ウエストナイル熱の流行状況
    ウエストナイル熱の流行は、1996年のルーマニア、1999年のロシア、2000年のイスラエルにおいても報告されている。アメリカ合衆国においては1999年ニューヨーク市周辺で初めてウエストナイル熱が流行し62人の患者が報告された。2000年には21人、2001年には66人の患者が報告された。2002年、蚊、鳥、馬等の動物いずれの調査においてもウエストナイルウイルスの侵入が報告されていないのはオレゴン州、ネバダ州、ユタ州、アリゾナ州とアラスカ州、ハワイ州のみであり、米国においては大西洋岸から太平洋岸に至るほぼ全域にウエストナイルウイルスが侵入したと考えられる(図参照)。2002年12月31日の時点で、3,873人の患者と246人が報告されている。ウエストナイルウイルスがどのようにして北米大陸に侵入したかについては未だ明らかにされていない。
     
  5. 病原体・血清検査法
    ウエストナイル脳炎は通常他のウイルス性脳炎と臨床的に鑑別困難である。従って、確定診断のためには血清・病原体診断が必要である。病原体診断はウイルス遺伝子の検出、血清や脳脊髄液から培養細胞を用いたウイルス分離によりなされる。ウイルスは発症早期の血液または脳脊髄液から分離が可能である。血清診断として、IgM捕捉エライザ法、IgGエライザ法、中和試験、赤血球凝集抑制反応試験による特異抗体の検出が行われる。日本脳炎ウイルス、セントルイス脳炎ウイルス、マレー渓谷脳炎ウイルス等の類似ウイルスとの間に交叉反応があるので、血清検査においてはこのことを考慮にいれて行うことが重要である。
     
  6. 新たな問題
    ウエストナイルウイルス感染の新たな問題として、感染蚊の吸血による通常の感染経路とは異なる経路での感染が報告されていることがあげられる。まず、輸血によって感染したと考えられる患者が報告された。また、臓器移植によって感染したと考えられる例が報告されている。さらに、母乳によってウエストナイルウイルスに感染した可能性がある新生児の例も報告されている。米国以外にもカナダやカリブ海諸国においてウエストナイルウイルスの活動は報告されている。従って、ウエストナイルウイルスは米国のみならず北米大陸及びその周辺に広がりつつあると考えてよい。
     
  7. 予防・治療と対策
    予防として、発生地域においては蚊との接触を防ぐことが重要である。ニューヨークにおける流行時には脳炎患者の多くが高齢者であったことから、特に高齢者や小児は注意を要する。日本には西ナイルウイルスはまだ侵入していない。実用化されているワクチンはない。西ナイルウイルス感染に対する特異な治療法はなく対症療法を行う。いったん日本国内に侵入した場合にはアメリカ合衆国におけるようにウイルスが定着してしまう可能性もある。
    ウエストナイル熱は平成14年10月に「感染症の予防及び感染症の医療に関する法律」において、患者について届出をすべき四類感染症となった。この法律に基づき、患者発生を早期に確認する必要がある。また、米国においては患者発生に先立ち鳥の死亡数の増加が確認されたことから、死亡鳥のサーベイランスもウエストナイルウイルスの国内への侵入を早期に知るうえで重要である。