P. falciparum
は赤血球分化の全てのステージの細胞に感染し、P. vivax
は網状赤血球など未分化の細胞に感染し、P. malariaeは分化の進んだ赤血球に感染する。従って、P.
falciparumの感染がもっとも重症となる。
マラリアは鎌型赤血球症やglucose-6-phosphate dehydrogenase (G6PD)欠損個体では稀である。P.
falciparumの増殖は酸素濃度に依存するが、鎌型赤血球症では血球が変形しているため酸素分圧の低い末梢の場所で捕獲され溶血し原虫が増えられないのではないか、と云われている。G6PD欠損症ではNADPH産生が落ち酸化ストレスが高まる為であろう、と推測されている。予防治療にはchloroquineが用いられる。
25-5-2:赤痢アメーバ
<症例> 患者は、25才の男性商社マンである。フィリピン、インドネシア、パプアニュギニアなど東南アジアの殆どの国に過去5年間滞在していた。処が、2年前位から時々下痢があり、血液や粘液が便に混じるのに気が付いていた。バリウムを飲んで腸の検査をすると偽ポリプの見つかる典型的な炎症性大腸疾患でる事が分かった。そこで、ステロイド剤を投与された。
すると、4カ月位して、体重が78kgから65kg迄落ち、血便がひどくなり腹痛が出てきたが、平熱であった。便検査では、白血球、赤血球が見つかるもののアメーバは検出されなかった。但し、血清反応で、赤痢アメーバEntamoeba
histolyticaに対する抗体価が異常に上昇していた。ステロイド投与を中止し、抗アメーバ薬metronidazole投与で治癒した。
E. hystolyticaは日本でも良く見られる感染症の一つである。糞口感染で伝染し、下痢を主兆とする。ライフサイクルは単純で、増殖するtrophozoiteと環境で丈夫なcystの2形である。
trophozoiteは環境で弱く死んでしまい、感染源になるのはcystである。cystが小腸に来ると、cystからアメーバが出てくる。このアメーバが増殖するが、腸管粘膜を経て肝臓に行き膿瘍を作る事がある。
赤痢アメーバの他、日本では、原虫による感染症としてクリプトスポリデイウム症(Cryptosporidium
parvum)がある。これも、下痢を主兆とする。
25-6:だに、しらみ、蚊
ダニ(壁蝨)、シラミ(虱)、ノミ(蚤)、蚊、ハエは、節足動物である。色々な病原体を伝播する。ダニは、日本語では”ダニ”一つしかないが、英語だとtick、miteと二つある。シラミはlouse (pl. lice)、ノミはflea、蚊はmosquitoである。噛まれると、噛まれた所が赤くなり、実に不愉快な動物共である。
節足動物にはカニ、昆虫、クモ、ムカデ、などの仲間がいるが、シラミは、ノミ、蚊、ハエと同じ昆虫の仲間である。ダニは、クモの仲間である。昆虫は6本脚であるのに対して、クモは8本脚である。シラミもダニも小さいモゾモゾ這う似たような生き物であるが、全く異なる綱(class)に属する生物である。
シラミの属する昆虫の仲間の形態的特徴は、(1) 体が、頭部(head)、胸部(thorax)、腹部(abdomen)の3つに分かれており、(2) 胸部は3つの節(segment)からなり、それぞれに1対の脚が付き、(3) 2番目3番目の節に羽が付いている点である。
ダニの属する蜘蛛の仲間の特徴は、(1) 体は頭部(gnathosoma/capitulum)と腹部(idiosoma)に分かれ, (2) 腹部に4対の脚が付いている点である。
但し、進化の過程で種々の器官が退化し、例えば、ノミ等では羽が完全に消失し、蚊では1番目の羽が残り、2番目の羽が棍棒状(halteres)になっている。
25-6-1: 伝搬される病原体
以下にこれらの虫により伝搬される病原体を示す。
シラミ:リケッチアが病原体である発疹チフス、ボレリアが病原体である回帰熱やライム病など。
ダニ:マダニ類、ケダニ類、ヒゼンダニ類がある。
マダニ類:マダニとヒメダニがある。マダニの雌は数千の卵を有無と死んでしまうが、ヒメダニの雌は、50-200位の卵を何回も生む事が出来るという違いがある。
マダニ科、Hard Ticks :リケッチアによるロッキー山紅斑熱 (Rocky Mountain spotted fever)やQ熱 (Q
fever)、グラム陰性桿菌Francisella tularensisによるツラレミア(tularemia)
ヒメダニ科、Soft Ticks: 回帰熱(relapsing fever)
ケダニ類、Mites : つつが虫病
ヒゼンダニ類(疥癬虫)、Scabies: 病原体の伝搬には関わらない
ノミ:ペスト、
蚊:マラリア、黄熱、デング熱、フィラリア、脳炎
25-6-2: 疥癬
最近、疥癬(かいせん)が養護施設、老人施設で拡がり関係者を悩ませている。又、大病院でもホームレスが入院し、気付かぬ内に看護婦から患者まで感染するという事例も増えている。原因の疥癬虫は、クモやダニの仲間である。疥癬虫は皮膚角質層中にトンネルを作って棲み、雌はこの中に卵を生む。雄は、体表の小孔に棲息する。卵から成虫になるのには14−18日とある。サイズは、雌0.4
x 0.3 mm、雄0.2 x 0.15
mm位である。湿疹として見過ごされる事が多く、気が付いた時には病院中広がっていたと云うケースもある。一旦広がると根絶するのが大変である。病院によっては可能性のありそうな患者は入院時にルーテインに皮膚科医師の診察を受けさせる処も出て来ている。戦後、樺太から引き揚げた当時、栄養不良も加わった所為か、収容所で子供全員疥癬にかかった記憶がある。ムトハップと云うのがあったが、手に入らないので、その後樺太を漁船で脱出してきた父親(クモの研究者で岩波新書の「クモの不思議」学会出版の「クモの生物学」等の著書がある。何れも絶版)が道ばたから電線の絶縁に使うガイシを拾ってきて、中の硫黄を風呂に入れ入浴した。ムトハップは今でも患者が出ると使用している。なかなか治らない。
25-6-3:虫共の好み
ダニやシラミ、ノミは、動物に寄生し、それがヒトに移って吸血し、病気をうつす。それぞれのダニやシラミには、彼等が寄生する動物の好みがある。ネズミと云ってもも、ネズミなら何でも良いとは行かない場合もある。動物分類の知識なども必要になるので、詳しいことは専門書を参照してもらいたい。ダニ、シラミ、ノミ、蚊等が、どうやって吸血の対象となるヒトを見つけ取り付くのか、色んな事が分かっている。例えば、蚊は炭酸ガス濃度を感知する。従って、蚊を大量に集めるにはドライアイスでおびき寄せる。佐々学の日本の風土病(法政大学出版昭和34年)は面白い本である。一般的参考書として、Bush,
Fernandez, Esch & Seed: Parasitism: The diversity and ecology of animal
parasites, Cambridge, 2001が生物全体を見渡しながら寄生と云う現象を扱っていて面白い。