第25章 寄生虫、だに、しらみ、蚊

 

25−1:寄生虫と社会

 寄生虫は真菌と同じく真核細胞生物である。寄生虫には単細胞のものと多細胞のものがある。単細胞のものを原虫Protozoaと云う。多細胞のものをぜん虫Helminthと云う。

 寄生虫など世の中には稀にしかいないと思うかもしれない。実は沢山いる。1エーカー(4千平米)の農地に3ー9x10位の線虫(nematoda)が居ると云う。

 土壌には沢山の細菌、カビ、虫がおり、共存して社会を作っている。これらの生物は、色々なものを代謝し、土壌の浄化などに寄与しているに違いない。
 寄生虫には、個体発生の分子生物学的研究で良く使われているものがある。線虫の仲間Caenorhabditis elegansがそれで、現在では遺伝子の全塩基配列が分かっている。

 現在寄生虫疾患は稀である。しかし、日本でも、第二次大戦以前、戦後十数年、ぜん虫の回虫(Ascaris)や、いわゆる十二指腸虫(ズビニ鉤虫、Ancylostoma duodenale DUBINI)をお腹に持っている子供が少なくなかった。薬屋に、虫下しの薬の広告があり、腸が虫で一杯になった解剖の写真が載っていた。又、復員した兵隊がマラリア原虫に感染していて、発作を起こしていると云うような事もあった。南の奄美大島などでは、早めに公衆風呂に入るとキンタマの大きな老人が入っている。ぜん虫の仲間のフィラリアの感染で、リンパが閉塞した症状である。遅く風呂に来ると子供にキンタマを踏まれるので、早く来て風呂に入るのだ、など嘘とも真とも分からない話を聞いたこともある。しかし、公衆衛生の普及やフィラリア対策その他で、日本の感染症の中で、寄生虫の占める割合は非常に少なくなった。

 しかし、ここ数年、寄生虫は再び脚光を浴び始めた。航空機の発達で、沢山の人や食品が世界を短期間に動き、それに伴って、虫も世界を旅行し始めた。

 日本国内には一時全くと云って良い程無かったマラリアが見られるようになった。途上国からの旅行者、労働者や、日本人海外旅行者の患者である。感染者が献血した血液から感染し、患者が死亡するような事故もある。

 一方、日本は世界の中で、地球レベルでの感染症対策に貢献をしなければならない国際情勢である。先ほどのマラリアは世界で2ー3億人の感染者がおり、年間2ー3百万人これで死んでいると推定されている。日本の橋本元首相が寄生虫対策をG7で提案し、WHOでも、roll back malariaのスローガンでマラリア対策を開始しようとしている。

 もう一つ考えなければならないのは、地球温暖化がある。日本も温帯から亜熱帯に移行しつつあると云われる。亜熱帯に住む寄生虫媒介生物、例えば、マラリアを媒介する蚊Anophelesなどの生息圏が北上しつつある。

 身近な例では、寄生虫症としては、問題にならないが、病原体がアメーバに潜り込んで消毒剤から逃れているケースがある。レジオネラがその例である。

 細菌が寄生虫に感染するケースで面白い現象がある。ぜん虫の仲間であるフィラリアの全遺伝子配列を決定している時、偶然、細菌由来のrRNA配列のあることを見つけた。感染している細菌はWolbachiaと云う菌である。処が、テトラサイクリンで細菌を虫から除去すると、虫は小さくなり生殖能力がなくてしまった。つまり、虫の細菌感染を治療すると、フィラリアの治療にもなる、と云う訳である(Science, 283, 19 Feb. 1999)。

25−2:寄生虫のライフサイクル

 寄生虫には、ライフサイクルがある。ぜん虫であれば、卵から成虫へと形を変え成長する。その間に、宿主を代え、一つの宿主の中でも、存在する場所を変える。単細胞の原虫でも形を変え、宿主を変える。

 虫が完全なライフサイクルを完了するには、その虫に固有の宿主に感染しなければならない。例えば、ぜん虫の仲間のエキノコッカス(Echinococcus)を見てみよう。感染した犬は寄生虫卵を糞便中に出す。これを羊が食べると、孵化し、幼虫は腸管壁を突き抜けて種々の臓器に行き、cystを作る。羊が生きている間はこの状態で止まるが、羊が犬に食われると犬の腸管でscoliceと呼ばれる形態からさなだむしに似た形態の虫になる。成虫になると、虫卵を腸管に出す。この虫卵が牧草を汚染し、虫卵が草と一緒に羊に食べられると云う訳である。ところが、人が誤って虫卵を摂取する事が起こる。すると、人は犬に滅多に食われる事はないので、cystの段階で終わりになり、虫のライフサイクルはそれで終りである。

 エキノコッカズは犬が羊を食べると云う食物連鎖、或いは、prey-predatorの関係に旨く乗ってライフサイクルを続けているわけである。そこには、自然に於ける羊と犬の食物連鎖を利用した虫の健気な進化の過程がある。

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 この虫は卵で感染すると体内臓器でcystの段階迄成長する。それ以上は絶対に進まない。cystが犬に食われ腸管内に入って始めて成虫になる。即ち羊の臓器内環境と犬の腸管内環境を見分けている訳である。そこには、何か環境を見分ける機構がある筈である(図25-2-(1))。

 回虫(Ascaris lumbricoides)の虫卵(卵とは云うものの、中では虫の形になっている)を食べると、小腸の中で孵化し、幼虫は腸管粘膜からリンパ管血管を通り肝臓に入る(摂取8-18時間)。肝臓から肺動脈を通り肺に移動する(1週間)。肺で数日止まり、ここで2度脱皮し、肺小血管から肺胞に入る。次いで、気道を上に登り、口を経て再び小腸に戻る。この間、初めの200-300μmから1ー2cmの大きさになる。小腸で最後の脱皮をし成虫になり、交尾し卵を産む(図25-2-(2))。

 回虫には人の回虫だけでなく犬や猫の回虫もある。犬や猫の回虫が人に感染すると、虫は肺に辿り着けず人の体内を当てもなくさまよう事になる(visceral larva migrans)。
 虫は、人体の中を、恰も知り尽くした道を辿る様に、初めての人の体の中を動き、適切な場所で適切に分化を遂げている。それが、一度本来の宿主ではない動物の体に入るともう自分が何処にいるのか分からなくなり、分化し成熟する事が出来なくなる。一体、どうなっているのであろうか?

図25-2-2-(2)
 

25−3:寄生虫と生体反応

 寄生虫は大きな図体をしている。これが、他人の体に入るのだから、異物として認識されない筈がない。処が、これを旨くすり抜ける。

 線虫(nematode)の表面にあるクチクラは免疫原性が無く、Nippostrongylusなどは皮膚に侵入してから24時間で肺に達する。又、マンソン住血吸虫 Schistosoma mansoni は成虫になると外皮に宿主分子を取り込み、免疫学的に宿主から自分を認識されなくする。

 マラリア感染では宿主免疫系に変化の来る事が知られている。マラリアと無関係の抗原への免疫反応が落ち、破傷風トキソイドやポリオ、腸チフス等への抗体反応が低下する。一方、BCGとかカンジダなどへの細胞免疫は影響を受けない。又、polyclonalなB細胞の活性化が起こり、IgM、IgGが過剰に作られる。これは、マラリア原虫がmitogenを分泌する為である。

 マラリアの病原体であるPlasmodiumでは、宿主の免疫機構から逃れる機構として、N. gonorrhoeae の線毛抗原の変化に似たDNA再配列により表面抗原をどんどん変える現象が知られている。但し、この場合はtransformationではなくGene Conversion機構によるDNAの組み替えによる。

25−4:寄生虫の仲間

 寄生虫は真菌と同じく真核細胞生物である。寄生虫は単細胞のものと多細胞のものに分けられる。

 原虫(protozoa) 

 単細胞のものを原虫(protozoa)と云う。感染形態で大きく2つ に分けられる。

  1. 血液や深部組織に寄生するもの

    血液細胞に寄生するものとしてはマラリアがある。
    深部組織に感染するものには、トキソプラスマ、レイシュマニア、アメリカトリパノソーマ(シャガス病)、アフリカトリパノソーマ(眠り病)、それにNaegleria、Acanthamoeba、Hartmanellaなどのアメーバがある。
     これらの原虫は多く細胞内感染する。環境中に独立して存在出来ず、蚊等の節足動物を媒介動物とする。

  2. 腸管や膣に寄生するもの

    腸管に寄生するものとしてEntamoeba histolyticaのようなアメーバやジアルジア、クリプトスポリジウムがある。
    環境中で抵抗性のシストを作り、糞口感染をする。
    膣に感染するものとして膣トリコモナスがある。

 ぜん虫(helminth)

 多細胞のものをぜん虫(helminths或いはmetazoa)と云う。原虫よりもサイズが大きく細胞外感染をする。感染形態で2つに分け られる。

  1. 腸管に寄生するもの

    糞線虫、鉤虫は経皮感染し、回虫、暁虫、条虫は糞口感染する。

  2. 深部組織や血液に寄生するもので、経口感染するのはトリキノーシス(旋毛虫)、条虫感染である胞虫症、エキノコッカスなどがある。経皮感染するのは住血吸虫、蚊が媒介するフィラリアである。

25−5:寄生虫感染症の例

 日本で比較的良く見られる寄生虫感染症の例を示す。一つは、海外で感染し日本で発病するマラリア、もう一つは国内感染例も稀でない赤痢アメーバとクリプトスポリデイウム感染である。

25-5-1:赤血球に感染する原虫、マラリア

<症例> 54才の男性がアフリカに10日間商用出張し帰国した。帰国中飛行機の中で、風邪のような症状が現れ、38度の熱が出たので、帰国翌日医者に行った処インフルエンザと診断されアスピリンを渡された。しかし、寒気がした後急に40度の熱が6時間続き、熱が下がると汗をびっしょりかく状態となった。症状が悪化し意識の混濁して来たので病院に入院した。血液のギムザ染色で赤血球中に多数のマラリア原虫を認めた。

これは、典型的なマラリアの症例である。マラリアの病原体はPlasmodium で、主なものは、P. falciparum とP. vivaxである。

 感染した蚊に刺されると、Plasmodiumのsporozoitesが血液に入り、肝臓に行く。そこで、成熟し赤血球に感染出来るmerozoitesとなる。merozoitesは赤血球に感染し続け増殖する。感染により沢山の赤血球が壊れると発熱発作が起こる。

 原虫の一部は、赤血球中で性分化し、gametocytesとなる。これが吸血により蚊の体内に入ると有性生殖(接合)し、次いで、蚊の腸管に潜り込みoocystに分化する。oocystは成熟するとsporozoitesとなって再び人に感染する状態となる(図25-5-1)。

図25-1-1

 

 P. falciparum は赤血球分化の全てのステージの細胞に感染し、P. vivax は網状赤血球など未分化の細胞に感染し、P. malariaeは分化の進んだ赤血球に感染する。従って、P. falciparumの感染がもっとも重症となる。

 マラリアは鎌型赤血球症やglucose-6-phosphate dehydrogenase (G6PD)欠損個体では稀である。P. falciparumの増殖は酸素濃度に依存するが、鎌型赤血球症では血球が変形しているため酸素分圧の低い末梢の場所で捕獲され溶血し原虫が増えられないのではないか、と云われている。G6PD欠損症ではNADPH産生が落ち酸化ストレスが高まる為であろう、と推測されている。予防治療にはchloroquineが用いられる。

25-5-2:赤痢アメーバ

<症例> 患者は、25才の男性商社マンである。フィリピン、インドネシア、パプアニュギニアなど東南アジアの殆どの国に過去5年間滞在していた。処が、2年前位から時々下痢があり、血液や粘液が便に混じるのに気が付いていた。バリウムを飲んで腸の検査をすると偽ポリプの見つかる典型的な炎症性大腸疾患でる事が分かった。そこで、ステロイド剤を投与された。

 すると、4カ月位して、体重が78kgから65kg迄落ち、血便がひどくなり腹痛が出てきたが、平熱であった。便検査では、白血球、赤血球が見つかるもののアメーバは検出されなかった。但し、血清反応で、赤痢アメーバEntamoeba histolyticaに対する抗体価が異常に上昇していた。ステロイド投与を中止し、抗アメーバ薬metronidazole投与で治癒した。

 E. hystolyticaは日本でも良く見られる感染症の一つである。糞口感染で伝染し、下痢を主兆とする。ライフサイクルは単純で、増殖するtrophozoiteと環境で丈夫なcystの2形である。
trophozoiteは環境で弱く死んでしまい、感染源になるのはcystである。cystが小腸に来ると、cystからアメーバが出てくる。このアメーバが増殖するが、腸管粘膜を経て肝臓に行き膿瘍を作る事がある。

 赤痢アメーバの他、日本では、原虫による感染症としてクリプトスポリデイウム症(Cryptosporidium parvum)がある。これも、下痢を主兆とする。

25-6:だに、しらみ、蚊

 ダニ(壁蝨)、シラミ(虱)、ノミ(蚤)、蚊、ハエは、節足動物である。色々な病原体を伝播する。ダニは、日本語では”ダニ”一つしかないが、英語だとtick、miteと二つある。シラミはlouse (pl. lice)、ノミはflea、蚊はmosquitoである。噛まれると、噛まれた所が赤くなり、実に不愉快な動物共である。

節足動物にはカニ、昆虫、クモ、ムカデ、などの仲間がいるが、シラミは、ノミ、蚊、ハエと同じ昆虫の仲間である。ダニは、クモの仲間である。昆虫は6本脚であるのに対して、クモは8本脚である。シラミもダニも小さいモゾモゾ這う似たような生き物であるが、全く異なる綱(class)に属する生物である。

 シラミの属する昆虫の仲間の形態的特徴は、(1) 体が、頭部(head)、胸部(thorax)、腹部(abdomen)の3つに分かれており、(2) 胸部は3つの節(segment)からなり、それぞれに1対の脚が付き、(3) 2番目3番目の節に羽が付いている点である。 ダニの属する蜘蛛の仲間の特徴は、(1) 体は頭部(gnathosoma/capitulum)と腹部(idiosoma)に分かれ, (2) 腹部に4対の脚が付いている点である。  但し、進化の過程で種々の器官が退化し、例えば、ノミ等では羽が完全に消失し、蚊では1番目の羽が残り、2番目の羽が棍棒状(halteres)になっている。

25-6-1: 伝搬される病原体

以下にこれらの虫により伝搬される病原体を示す。
シラミ:リケッチアが病原体である発疹チフス、ボレリアが病原体である回帰熱やライム病など。

ダニ:マダニ類、ケダニ類、ヒゼンダニ類がある。
マダニ類:マダニとヒメダニがある。マダニの雌は数千の卵を有無と死んでしまうが、ヒメダニの雌は、50-200位の卵を何回も生む事が出来るという違いがある。
マダニ科、Hard Ticks :リケッチアによるロッキー山紅斑熱 (Rocky Mountain spotted fever)やQ熱 (Q fever)、グラム陰性桿菌Francisella tularensisによるツラレミア(tularemia)
ヒメダニ科、Soft Ticks: 回帰熱(relapsing fever)
ケダニ類、Mites : つつが虫病
ヒゼンダニ類(疥癬虫)、Scabies: 病原体の伝搬には関わらない
ノミ:ペスト、
蚊:マラリア、黄熱、デング熱、フィラリア、脳炎

25-6-2: 疥癬


 最近、疥癬(かいせん)が養護施設、老人施設で拡がり関係者を悩ませている。又、大病院でもホームレスが入院し、気付かぬ内に看護婦から患者まで感染するという事例も増えている。原因の疥癬虫は、クモやダニの仲間である。疥癬虫は皮膚角質層中にトンネルを作って棲み、雌はこの中に卵を生む。雄は、体表の小孔に棲息する。卵から成虫になるのには14−18日とある。サイズは、雌0.4 x 0.3 mm、雄0.2 x 0.15 mm位である。湿疹として見過ごされる事が多く、気が付いた時には病院中広がっていたと云うケースもある。一旦広がると根絶するのが大変である。病院によっては可能性のありそうな患者は入院時にルーテインに皮膚科医師の診察を受けさせる処も出て来ている。戦後、樺太から引き揚げた当時、栄養不良も加わった所為か、収容所で子供全員疥癬にかかった記憶がある。ムトハップと云うのがあったが、手に入らないので、その後樺太を漁船で脱出してきた父親(クモの研究者で岩波新書の「クモの不思議」学会出版の「クモの生物学」等の著書がある。何れも絶版)が道ばたから電線の絶縁に使うガイシを拾ってきて、中の硫黄を風呂に入れ入浴した。ムトハップは今でも患者が出ると使用している。なかなか治らない。

25-6-3:虫共の好み


 ダニやシラミ、ノミは、動物に寄生し、それがヒトに移って吸血し、病気をうつす。それぞれのダニやシラミには、彼等が寄生する動物の好みがある。ネズミと云ってもも、ネズミなら何でも良いとは行かない場合もある。動物分類の知識なども必要になるので、詳しいことは専門書を参照してもらいたい。ダニ、シラミ、ノミ、蚊等が、どうやって吸血の対象となるヒトを見つけ取り付くのか、色んな事が分かっている。例えば、蚊は炭酸ガス濃度を感知する。従って、蚊を大量に集めるにはドライアイスでおびき寄せる。佐々学の日本の風土病(法政大学出版昭和34年)は面白い本である。一般的参考書として、Bush, Fernandez, Esch & Seed: Parasitism: The diversity and ecology of animal parasites, Cambridge, 2001が生物全体を見渡しながら寄生と云う現象を扱っていて面白い。


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