21-3-7:食中毒
食品による感染症、或いは食中毒、の患者数は戦後全く減っていない。寧ろ、一件あたりの患者は増え、より広域化している(図21-3-7)。特に調理済食品に問題が多い。既に、1988年総務庁報告で厳しく指摘されていたが、堺市の事件はこの報告書にあるような指摘事項が全く改善されなていなかった事が根本にあると云える。
次の文書は「調理済食品及び健康食品の安全衛生対策の現状と問題点」という昭和63年11月出版の総務庁報告書である。その現状は平成11年現在もあまり変わっていない。
1.調理済食品に関する衛生管理対策
(1)調理済食品の衛生管理基準の整備等
(勧告)
国民の食生活の簡便化志向,共働き世帯の増加等に伴い,調理済食品の利用が増加しおり,調理済食品に係る製造施設(弁当屋・仕出し屋・そうざい製造業)数も,昭和55年の7万2,004施設から昭和61年の9万1,943施設に増加している。
調理済食品の製造を業として行おうとする者は, 食品衛生法(昭和22年法律第23号。以下「法」という。)第21条第1項に基づき,弁当及び仕出し料理の製造については飲食店営業の許可を,そうざいの製造についてはそうざい製造業の許可を都道府県知事から受けなければならず,都道府県知事は,その営業の施設が都道府県知事が定めた施設についての公衆衛生上の見地からの基準(以下「営業施設基準」という。)に合うと認めるときは,法第21条第2項に基づき,許可しなければならないとされている。また,調理済食品の製造業者及び販売業者(以下「調理済食品営業者」という。)は,法第19条の18第3項に基づき,都道府県知事が地域性を加味して定めた営業施設の内外の清潔保持,ねずみ,こん虫等の駆除その他公衆衛生上講ずべき措置に関する基準(以下「管理運営基準」という。)を遵守しなければならないとされている。
厚生省は,営業施設基準及び管理運営基準に関し,それぞれ準則を策定し,営業施設基準準則については,「食品衛生法施行規則の一部を改正する省令の施行について」(昭和25年4月6日付け衛発第280号, 厚生省環境衛生局長通知)等により,管理運営基準準則については,「食品衛生法の一部を改正する法律等の施行について」(昭和47年11月6日付け環食第516号・厚生省環境衛生局長通知)により都道府県知事に通知している。また,過去の食中毒事例からみて,弁当及びそうざいについては,細菌性食中毒が最も多く発生しており,特にその微生物制御が極めて重要な課題となっていること等から,微生物の制御を中心に原料の受入れから製品の販売までの各過程全般における取扱い等の指針を示した「弁当及びそうざいの衛生規範について」(昭和54年6月29日付け環食第161号,厚生省環境衛生局食品衛生課長通知,以下「弁当そうざい衛生規範」という。)を策定し,都道府県の衛生主管部(局)長等に営業者への指導方を通知している。
一方,我が国における食中毒事件数は,昭和55年で1,001件,昭61年で899件と横ばいの傾向にあるが,1事件当たりの患者数は昭和55年32.7人,昭和61年39.6人と増加傾向にある。
今回調査対象とした22都道府県等管内における調理済食品を原因とする食中毒事件の患者数は,調理済食品の利用の増大等を背景として,昭和59年の5,096人から昭和61年の5,655人へと増加(11パーセント)し,昭和61年においては,食中毒事件全体の患者数(1万3,862人)の40.8パーセントを占め,また1事件当たりの患者数は,昭和59年の41.1人から昭和61年は55.4人と増加している。
細菌性の食中毒は,食品の不衛生な取扱い等により,黄色ぷどう球菌,腸炎ビブリオ等の細菌が食品に付着し,十分な水分,栄養と,適した温度等の条件下で,時間を経るにしたがい細菌が増殖することによって発生するとされているが,細菌は,自然界に広く存在しているところから,その付着を完全に防止することは不可能といわれている。
調理済食品は,通常,摂食する直前に煮る,揚げる等の加熱処理をすることなく摂食されるため,この面からみても食中毒の発生の危険があり,また細菌の増殖した調理済食品が多数の消費者に提供された場合には食中毒患者の発生が大規模かつ広範囲に及ぶことが懸念される。
調理済食品のこのような特性から,「弁当そうざい衛生規範」においては,(1)弁当については,盛り付け後摂食までの時間が7時間以内の場合には食中毒発生の可能性が少なく,4時間以内の場合にはその可能性がほとんどないと考えられるので,この点に留意しながら,製造及び販売を行うこと(2)そうざいについては,摂氏10度以下又は65度以上(ただし,揚げ物を除く。)で保存することが望ましいことなど,時間管理及び温度管理についての指針を示している。
調査対象とした22都道府県等において,過去に発生した調理済食品を原因とする食中毒事件の内容及び調理済食品営業者における衛生管理の実態を調査した結果,次のような状況がみられた。
(1) 調査村象39保健所管内における昭和59年から昭和61年までの3年間に発生した調理済食品を原因とする食中毒事件85件に係る発生要因についてみると,直接的には食品の不衛生な取扱い等による食中毒細菌の付着に起因するものであるが,時間管理及び温度管理が不十分なため,食中毒細菌の増殖の機会を助長させるような衛生管理が行われ ていたことに起因すると認められるもの60件(70.6パーセント)がある。なお,調理済食品別に主な実態を示すと次のとおりである。
ア 店頭で不特定多数の者に販売されることを目的として製造される弁当(以下「店頭販売弁当」という。)及びそうざいについては,常温で長時間陳列し販売するなど,販売過程における温度管理が不適切なものが多い(店頭販売弁当10件中5件(50.0パーセント),そうざい3件中3件(100パーセント))。
イ 給食弁当については,常温で長時間配送するなど,運搬過程における温度管理が不適切なものが多い(9件中6件(66.7パーセント))。
ウ 仕出し弁当については,調理能力以上のものを受注した結果前日調理するなど,受注管理が不適切なものが多い(20件中10件(50.0パーセント))。
エ 仕出し料理については,仕出し弁当と同様に受注管理が不適切なものが最も多く(18件中8件,44.4パーセント),次いで摂食予定時間より早めに配達,配膳し,常温で長時間放置されたことによるものが多い(18件中7件(38.9パーセント))。
(2) 廷ベ143製造施設における276製品及び148販売施設における364製品について,調理 済食品の時間管理及び温度管理の実態をみると,次のとおり,不適切な管理が行われており,食中毒の発生に至るおそれのあるものも認められた。
ア 調理済食品が常温で4時間を超えて保管されているものが7製造施設(4.9パーセント)において16製品(5.8パーセント)みられ,中には常温で16時間保管されているものがみられた。
イ 調理済食品の陳列・販売時間が常温で4時間を超えているものが18販売施設(12.2パーセント)において63製品(17.3パーセント)みられた。
また,陳列・販売時間と仕入れのための運搬時間とを合わせると,4時間を超えて常温で保管・敗売されているものが46販売施設(31.1パーセント)において91製品(25.0パーセント)みられ,このうち最長のものは14時間に及んでいる。
(3)
近年,調理済食品の製造施設と販売施設との分離及び流通の広域化等に伴い,製造業 者自らが又は運送業者に委託して調理済食品を自動車により長時間,広域・長距離運搬しているものが増加している。
調査対象142製造施設中134製造施設(94.4パーセント)が自動車で製品を運搬しており,これらの運搬方法等についてみると,84製造施設(62.7パーセント)において常温で運搬し,中には,2時間以上常温で運搬しているものが15製造施設(17.
9パーセント)あり,そのうち360キロメートルを6時間にわたって運搬しているものがみられた。
(4) 調理済食品の調理,保管,運搬,販売の全過程に通ずる時間管理,温度管理の方法等 及び受注管理に関する規制状況についてみると,厚生省は温度管理の方法等について,管理運営基準準則において「製品は,冷蔵保存する等衛生的に管理すること。」と示しているが,調査対象とした22都道府県等においてこれを管理運営基準の中で更に具体化して定めているのは,(i)運搬過程における温度管理の必要性について規定している2県,2市(18.2パーセント),(ii)受注管理の必要性について規定している2県(9.1パーセント)にとどまっている。
また,調理済食品の調理,保管,運搬,販売等の全過程に通ずる時間管理,温度管理及び受注管理について,調査対象保健所における監視又は指導の状況をみると,時間管理,温度管理の方法等に関する事項について厚生省の管理運営基準準則に具体的に示されていない等として,これを管理運営基準にも定めていないことから監視又は指導が徹底できないとするもの(63.9パーセント)がみられた。
したがって,厚生省は,調理済食品を原因とする食中毒事件の発生を防止するためには,食品に対する食中毒細菌の付着を防止することのほかに,付着した食中毒細菌の増殖の要因を除去すること等が重要であることにかんがみ,次の措置を講ずる必要がある。
(1)
過去における調理済食品を原因とする食中毒事件を分析する等により,食中寺の発生態様及び食中毒防止のための調理,保管,運搬,販売の全過程に通ずる時間管理,温度管理の方法等の具体例を含む調理済食品の衛生的取扱いのマニュアルを作成し,調理済食品営業者に対してその周知を図ること。
また,監視又は指導を効果的に行うため,調理済食品に係る調理,保管,運搬,販売の全過程に通ずる時間管理,温度管理の重要性を管理運営基準準則に示すとともにこれに基づく監視指導指針を作成し,調理済食品営業者に対し適切な監視又は指導を行うよう都道府県を指導すること。
(2)
調理済食品の受注管理については,「弁当そうざい衛生規範」において営業施設,設備,人的能力に応じた食品の取扱いを行うよう示すとともに,調理済食品営業者の適正な受注管理が徹底されるよう都道府県を指導すること。
21-3-8-1:HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point System)とその応用
HACCPは食品製造工程などでの衛生管理の為に開発された手法であり、現在我が国でも食中毒予防などに適用されている。日本語に訳すと「危機分析及び重点的管理システム」という様な処が一番近いかもしれない。HACCPは以下の7つの要素からなる。
(1) 危機分析hazard analysis。製品とその使われ方を確認し、製造工程(flow
diagram)の妥当性を確認する。この作業には、関係者全員の参加が必要である。
(2) 危なそうな工程(CCP, Critical Control Point
)の同定。危機分析に基づき、食品安全確保に注意が絶対必要な工程(CCP)を同定する。
(3) 基準値(Critical limit)の確立。pHや菌数等につき、許容出来る限度を決める。
(4) CCPの管理をモニターする系を確立する。
(5) 特定の工程(CCP)で問題が出た場合の対策を確立する。
(6) HACCPが機能しているか否かを確認する手段を確立する。
(7) HACCPに関する全ての段階の記録を残す。
基準としてのHACCPについては、codex alimentarius food hygiene basic texts
(1997)を参照することを勧めるが、簡単に云えば、ただ漫然と衛生に気を付けようと云うのではなく、危ない工程を予め確認し、それに対しての対策を立てた上で、作業をすると云うことである。
21-3-8-2:HACCP の考え方の院内感染への応用
この手法は、衛生管理を、設備のみに頼らず、作業者の行動にも着目しており、考え方は広く適用出来る。
例えば、その内容を、院内感染対策に置き換えて書いてみると、次のようになる。
(1)
過去の事例、病院設備、患者、診療内容等から、起こり得る院内感染に関する分析を行い、
(2) どこが最も院内感染を起こす場所か、或いは診療行為か(CCP)、を調査し、院内感染を防止する上で決定的な診療行為/場所を決定する。その上で、
(3) 現状分析を行う。
(4) 現状が不十分であれば、その是正策を確立する。
(5)
院内感染情報は、感染者の病棟、病院内での分布、検査室からの病原体分離に関する情報を基にリアルタイムで把握する。
考え方のポイントは、現場の人達が、危険性のある行為や場所を、自分達で見つけ、それについては細心の注意を払う(しかし、必要以上のことはしない)、と云う点である。平たく云えばメリハリの効いた院内感染対策である。
各病棟或いは診療部門では状況は一様ではない。それぞれの現場でリスクの高い場所(クリテイカルポイント)は違う。現場のマニュアルは現場で作られるべきである。器材や資材の管理、清掃の指示、廃棄物処理、いずれにも責任者が必要である。又、何が何処にあるかも明確でなければならない。しかも、現場の全員がそのマニュアルを理解していなければならない。その為には、マニュアルは全員が参加して作られ、問題点を解決する為に、常にスタッフ全員の意見を容れ、改正さるべきものである。
21-3-9:生きているのに培養出来ない菌(VNC)
O157に汚染した湖水から感染したと云う事例が出ている。このような条件下の菌は、容易に普通の分離培地で増殖させる事が出来ない。Rita
Colwellは、マリーランドのチェサピーク湾のVibrio choleraeについて、生きてはいるが培地でコロニー形成が出来ない状態(viable
but non-culturable, VNC)の菌がある事を示したが、その後、大腸菌、サルモネラ、レジオネラなどについても同様な事が報告されている(Microb.Ecol.8:313,
1982)。VNCの本態は、培養に移した時に菌が自殺のプロセスに入る為ではないか、と云う考えが出されている(Trends
food Sci. Technol. 8:236, 1997)。従って、現在の環境中の病原菌の検出方法につき再検討がなされている。
21-3-10:サルモネラ菌 Salmonella
Salmonella の内、チフスを起こすのは S. typhi (あるいは、S.
paratyphi A )である。この他、チフス症状を起こさない 2,000
を越す血清型のサルモネラ菌 S. enteritidis
があり、動物・人に感染し、人の食中毒を起こす。食べてから 24-36
時間で発病する。食中毒とは云うものの、実際は菌が血液に入りおこる菌血症である。サルモネラ食中毒は一般に特別な治療を必要としない。
サルモネラを大きく分けると次の3群となる。