第21章 グラム陰性菌

 リポ多糖体を含む外膜 outer membrane を持つ。従って、感染により内毒素による症状が出る可能性がある事を記憶する。

次の様に分類する。

球菌 ナイセリア
 (淋菌、髄膜炎菌)
かん菌 絶対嫌気性 バクテロイデス
通性嫌(好)気性
 主に腸管感染を起こすもの
大腸菌・赤痢菌
サルモネラ菌
コレラ
キャンピロバクター
 主に日和見感染を起こすもの
緑膿菌
プロテウス
セラチア
 血液成分を要求する菌
ヘモフィルス
ボルデテラ(百日咳)
人畜共通感染症
エルシニア(ペスト)

21−1:グラム陰性球菌

 淋菌 Neisseria gonorrhoeae と、髄膜炎菌N. meningitidis がある。
 いづれも、5-10 % 炭酸ガス存在下でよく増殖する。N. gonorrhoeae は栄養要求が複雑で、チョコレート寒天(血球と熱い寒天培地を混ぜ固めたもの)や選択培地として Thayer Martin 培地を使う。N. meningitis は、普通の血液寒天で増殖する。

 N. gonorrhoeae は感染局所で増殖し、血液中であまり生残出来ないが、N. meningitis は全身感染し血液中でよく増え、DIC (disseminated intravascular coagulation ) を来す場合がある。

21-1-1:淋菌 Neisseria gonorrhoeae

 N. gonorrhoeae は局所塗沫標本で、髄膜炎菌は髄液塗沫標本で、細胞中にグラム陰性球菌を観察すれば、これと見当が付く。但し、常在菌として形態の似た N. sicca, N. flavescens などがあり、注意を要する。

 淋菌は淋病を起こす。完全に人から人への性感染である。男性では、感染局所、尿道、の炎症である。女性では尿道炎は気付かれない事が多く(自覚症状30 % ) 、むしろ、子宮を経て輸卵管の炎症を起こし、子宮外妊娠、不妊の原因となる。また、血液に入り、関節炎、髄膜炎、敗血症を起こす場合がある。このように、男性には nuisance で済むが、女性には生命の危険のある感染症である。penicillin が有効であったが、これを壊す酵素を持った耐性菌が出現している。

 線毛 pili が病原性に関係する。尿道では、尿で流されないように、線毛で菌は上皮にしっかり取り付いている。

 線毛は、免疫反応から逃れる為に抗原変異をする。発現遺伝子座 pil E と複数の構造遺伝子から成るpil S の遺伝子座があり、transformation によりpil E座にある構造遺伝子は pil S 座にある構造遺伝子と組み換えを起こし 抗原がどんどん変っていく(10-6参照)。

21-1-2:髄膜炎菌 Neisseria meningitidis

 感染性が高い。人の常在菌で 3-30 % が保有する。髄膜炎を発病した場合、治療しないと、8割が死亡する。また、DIC(21-4-2参照) も起こす。菌の莢膜が病原性に関与する。

21−2: グラム陰性嫌気性かん菌

 バクテロイデス Bacteroides は人の腸管の常在細菌の中で非常に大きな割合を占める。嫌気性菌は地上で好気性菌よりも、種類・量で遥かに凌ぐといわれている。人では、腸管、口腔、肛門に常在する。

 酸素に触れると死ぬので、嫌気条件下で検体を採取、運搬、培養する必要がある。その為に、嫌気ジャーと呼ばれる簡単な装置がある。酸素への感受性が鈍い菌であれば、好気性菌を沢山増やした平板とその菌を塗った平板を内側に向け重ね、ビニールテープなどでしっかり閉じるとよい。嫌気性菌は好気性菌と混合感染を起こし、好気性菌が酸素を消費しきった所で増え出すケースが多い。

 Bacteroides fragilis

 Bacteroides の仲間では最も酸素に耐える。superoxide dismutase (+) やoxidase (+) で酸素ラジカルを除去する能力がある。発酵のみを行う。外膜には内毒素活性の無いのが特徴。

 虫垂炎で虫垂が破裂し腸管内容が腹膜腔に出ると、沢山の腸管常在菌による複合感染となる。まず酸素を消費する菌が増殖し、酸素が無くなるとこの菌が増殖し、腹腔膿瘍が出来る。従って、初めの感染、例えば大腸菌敗血症が抗生物質治療で治った後、引き続いて発熱すると云うように、臨床像も二相性になる。死亡率 1-5 % である。抗生物質としては clindamycin などを使用する。

21−3: 主に経口感染を起こすグラム陰性かん菌

 世界で毎年 500 万の子供が下痢症で死んでいる。以下に述べる菌がその原因である。ロタウイルスやその仲間によるものもあるが、主に細菌による。コレラ、赤痢、チフスの三つが代表的な疾患である。

 コレラ Vibrio cholerae は、河川水や沿岸海水中で増え、これが飲料水や食品、魚介類を汚染し、人にコレラを起こす。コレラ菌は小腸上皮に接着し、そこで毒素を出す。毒素は上皮細胞のみに作用し Na イオン吸収を止める。結果、 NaCl が腸管に増加し、水も浸透圧により腸から吸収されず腸管内に留まる。これにより、大量の水様便を出す。水分を補給しなければ死ぬ。経口的に水分を補給する処方があり、処置を誤らなければ死ぬことはない。

 

 赤痢 Shigella は、大腸粘膜細胞に侵入し、局所かいようを作る。この為、血便が出る。血流に入る事はない。

 チフス typhoid fever は、基本的には全身感染症である。小腸粘膜から粘膜固有層に入り、次いで局所リンパ節のマクロファージに喰われ、その中で増える。次いで、血流に入り菌血症となる。肝臓、ひ臓にも運ばれ、そこで増殖し、更に敗血症に至る。胆嚢に入り炎症をおこすと、菌を含む胆汁は腸管に出され、そこで Peyer 板に感染し潰瘍を作り、下痢或は腸穿孔の原因となる。腎臓にも感染するのでチフス菌を尿からも分離できる。chloramphenicol が有効である(図21-3)。

図21-3

21-3-1:コレラ菌 Vibrio cholerae

 やや湾曲した形をしている。水中にいる。酸に弱いので、胃切除した人は感染しやすい。1991 年ペルーでコレラの大流行が起こり、10 万の患者、700 人の死者が出たが、コントロールは困難を極めた。わが国では、東南アジアからの輸入例が多いが、国内感染例が増加の傾向にある。

 小腸粘膜細胞に菌が接着し、そこで毒素を出し、粘膜細胞のみが毒素の作用を受ける。従って、菌が接着する事と毒素を出す事と両方が無くてはコレラにならない。接着には pili が関与し、pili 遺伝子は毒素遺伝子と連動した発現調節を受けている。コレラ毒素は、アデニルシクラーゼの Gs 調節ユニットを ADP-ribosyl 化し不可逆的に活性化する。その結果、ナトリウムイオンの小腸からの吸収が止まり、結果として、水分も吸収されず下痢になる。

 V.choleraの病原性の発現

 V.choleraが口から入り胃を通るとpH低下(〜pH3)などが刺激となり一連の遺伝子が発現する。毒素遺伝子の発現調節はheat shock蛋白htpGが行う。htpGの転写の低下がToxRS以下の転写を促進する事になる(図21-3-1-(1))。

 CtxAB遺伝子は毒素蛋白を、tcpA遺伝子は菌の小腸上皮への接着に必要なPiliをコードする。

 毒素はB subunitで上皮のasialoGM1につく。そのために菌は上皮細胞表面の糖から余分なsial酸を除き、asialoGM1のかたちにする必要がある。これは菌の分泌するneuraminidaseが行う。asialoGM1についた毒素はendocytic vesicleに取り込まれるが、毒素(=A1 subunit)の標的であるAdenylate Cyclaseは小腸上皮の基底側にしかないので毒素を含むendocytic vesicleは表面から基底側に運ばれなければならない。この運送にAFR(ADP-ribosylation factors)が関与する。endocytic vesicleではB subunitはvesicle内に、A1 subunitはcytoplasmに露出されている。A1 subunitはGsと反応しGsをADP ribosyl化する。そうするとGsは活性化されたままになりcAMP量がどんどん上昇する。結果、Na+とCl輸送に異常を来たす。Na+の組織への流入総量が低下するため、Cl-はむしろ流出することとなり、H2Oも流出し下痢(時に一日20リットル)となる(図21-3-1-(2))。

図21-3-1-(1)

図21-3-1-(2)

 

21-3-2:キャンピロバクター Campylobacter

 Vibrio 同様運動性があるが、Vibrio は顕微鏡視野の端から端へ、ツーと勢いよく動くがこの菌は一ケ所でクルクル廻りをする。
 Campylobacter jejuni は食中毒を起こす。動物もキャリアーになると云う。札幌市で 1982 年井戸水汚染により 8,000 名の患者が出た。下痢を主徴とする。

 Helicobacter pylori (かつてC. pyloriと名前がついていた)は胃粘膜細胞に共生するかのごとく生息する。胃炎や消化性潰瘍の原因であることが分かった。従って今は消化性潰瘍があるとこの菌の感染を疑い、この菌の感染が分かれば抗生物質治療をする。

21-3-3:飲み水による感染

 John Snow (1813-1858)は、ロンドンのコレラ流行に於いて、特定の水道会社が供給する水がコレラの感染に関係がある事を示した。感染症疫学の嚆矢である。下にSnowの表を示す。

水道会社

家庭数 コレラ死亡 10,000軒当たりの死亡
Southwark & Vauxhal 40,046 1,263 315
Lambeth 26,107 98 37
ロンドン内その他 256,423 1,422 59

 この表からSouthwark & Vauxhallの提供する水を飲んでいる人にコレラが多く、飲料水がコレラに関係している事が示唆される。 ロンドンの市民は色々な水道会社から入り組んで水の供給を受けていた。そこで、化学的な水質検査で水道会社を特定し、上の様な結果を出した訳である(1854年)。コレラ菌の発見はこれから30年後の1884年である。

 我国最近の上水道感染では、1996年6月、埼玉の越生町で起こったクリプトスポリジウムの上水道汚染がある。この事件で、住民の71%が下痢などの症状を訴え、総数9千人の患者が出た。この浄水場では、凝集剤を投入し、次いで急速濾過を行う方法をとっていたが、濁度計が故障し目安で凝集剤を加えていた。折から大雨があり、越生川の水量が増し、下水が大量に川に流れ込み、事故につながったものである。濁度のピークの後1週間位から小学生の欠席が増加していく。この事件も、堺市のO157の事例と同様、小学生の多数の欠席で見つかっている。

 地図を見ると、浄水場が下水処理場の直ぐそばにある。これは、日本では良く見られる状況である。日本の河川は、山から海までの距離が短く、その間に、農業用水、工業用水を取らなければならない。従って、上水採取口は川の下流にある場合が多い。地球の人口が増えれば、人々はより自分の屎尿で汚染された水を飲料水の水源とする事になる。汚水処理と上水処理は密接な関係に於いて行われなければならない。

 クリプトスポリジウム(cryptosporidium)は原虫である。原虫の仲間ではジアルジア(Giardia)が同様な流行を起こす。何れも下痢症である。腸管感染症を起こす細菌よりも塩素処理等に抵抗性なので、普通の塩素処理では駄目である。越生の場合も、水の安全性を塩素濃度に頼りすぎたのが一つの問題であった。

21-3-4:赤痢 Shigella

 Shigella dysenteriae 、 S. flexneri 、 S. sonneiの順序で次第に病原性が弱くなる。小腸粘膜細胞への侵入性を決める large virulence plasmid上の遺伝子が決定する。4-fluoroquinolon が確実な治療薬であるが、若年者に関節障害を引き起こす事がある。

 赤痢菌は大腸上皮に侵入するが、侵入は上皮細胞からではなく喰食作用を持ったM細胞が菌を取り込むことで始まる。細胞内でPhagocytic vesicleから逃れ(IpaB,Cが関与)、基底部から外に出る。マクロファージに喰われ増殖し、次いで近傍の上皮細胞に基底層から侵入し周りに広がる。菌が細胞表面につくとmicrofilamentの再構築が起こり菌が細胞に食菌を誘導する。基底層からの侵入には細胞基底層にある細胞のlntegrinと菌の産生するlpaB,C,D産生との相互作用が必要である(図21-3-4-(1))。(Ipa = invasion plasmid antigen 菌体表面に発現し菌体外に分泌される)

図21-3-4-(1)

(註)M細胞はごく最近の研究により腸上皮から分化して出来る事が分かった。この分化を誘導するのは腸上皮細胞の下に集まって来るPeyer 板リンパ球である(Kernéis等:Science,277,949)。

 細胞内の菌の運動は、actinのpolymerization(重合)による。このためにはIcsA遺伝子産生が必要である。actinが重合すると菌が前に押し出され菌が前進するが、この速度はけっこう速い(Listeriaの項参照)。細胞から隣の細胞に侵入するが、これには細胞膜を壊すIcsB産物を必要とする。この様にして赤痢菌は大腸上皮を壊していく。(Ics = intra-cellular spread 細胞内伝播)

図21-3-4-(2)

 これ等一連の出来事を可能にするのはVirulence遺伝子である(図21-3-4-(2))。ipa及び ics遺伝子は巨大なVirulence plasmid上にあり、直接間接染色体遺伝子の調節を受けている。中でも染色体遺伝子virRは低温で大量に発現しmultimerを作る。multimerはvirFのoperatorに結合し、virFの発現を抑え、その結果重要なVirulence遺伝全体の発現が抑えられる。温度が上がるとvirRの発現は低下しmonomerとなりvirF operatorへの特異的な結合がなくなり、Virulence遺伝子はONになる(multimer形成を介するこの現象はDNA合成開始にかかわるdnaAの機能制御と似ている)。

 志賀毒素(Stx)をコードする遺伝子は染色体上にあり鉄イオン濃度に反応するfur遺伝子で調節される。Stxはウサギの腸を用いた loop test(組織からの体液の漏出をみる実験である。コレラ毒素もこれで陽性になる)や、マウスやウサギでの麻痺試験で陽性に出る。Stxには血管障害性がありhemolytic uremic syndorome(HUS)の原因と考えられている。図21-3-4-(2)の中程に書いてある様に、Stxの産生は鉄(Fe)濃度に支配されている。鉄とは即ち血液である。菌が腸管に入った時には腸管に潰瘍もないので血液、即ち鉄分も少ない。従ってStxが沢山菌から放出される。細胞がやられ潰瘍が出来ると出血し、鉄が十分補給されて次第にStxの産生は下ることになる。

病原性の島(Pathogenicity Island)

 上に述べたコレラ菌や赤痢菌では、毒素、接着因子等の病原性に関わる遺伝子が島(island)のように塊りになって存在する事が分かった。そこで、このような遺伝子部位を病原性の島(pathogenic isoland)と呼ぶ。

 このような遺伝子部位を調べると、島は9-2で述べた動き回る遺伝子と一緒にいる事が分かった。例えば、大腸菌で、病原性のないE. coli K12と病原性のあるE. coli O157:H7とを比較してみると、O157:H7には、E. coli K12株に無い1387個の遺伝子が177の塊になって存在している。恐らくこれらの遺伝子は動き回る遺伝子により大腸菌に導入されたものと思われる。又、病原性の島は染色体上だけでなくプラスミドやファージの上にも存在する。

 コレラ菌の病原性を決めるのは、毒素産生と接着を司る2つの遺伝子である。毒素をコードする遺伝子ctxA及びctxBはバクテリオファージCTXφ上にあり、接着に関わるpiliをコードする遺伝子tcpAは別のファージVPIφ上にある。つまり、この2つのファージが無いとコレラ菌は病原性を持たない。面白い事に、VPIφのtcpAの遺伝子産物は、相棒のCTXφファージがコレラ菌に感染するのに必要なレセプターである。又、tcpA産物はVPIφの外殻蛋白でもある。要するに、VPIφのtcpA遺伝子産物は菌が腸管上皮に接着するのに必要なpiliであり、VPIφの外殻蛋白であり、更に、CTXφファージがコレラ菌に感染するのに必要なレセプターである。つまり、tcpA遺伝子は一つで3つの機能を果たしている事になる。

 黄色ブドウ球菌のTSSをコードする遺伝子は、SaPI1と云う病原性の島の中にある。SaPI1は、両端にλファージのattに似た配列、右端にλのintegraseに似た遺伝子を持っている。このような菌に80αと云うファージを感染させ、増殖したファージを次の菌に感染させると、SaPI1は次の菌に移ってしまう。80αの感染により、SaPI1が切り出され、複製し、80αファージにより次ぎの菌に導入されたものと思われる。

 このような遺伝子の水平伝達は環境問題を考える上で非常に重要である。F. Bushman: Lateral DNA Transfer (CSH Lab Press,2002)は、分かり易く、考える材料を与えて呉れるので一読を勧める。

21-3-5:細菌の分離同定

 経口感染の原因菌は便から分離される事が多い。便には沢山の常在菌がおり、これらから病原菌を選択的に分離しなければならない。MacConKey 寒天はそのような目的で作られた培地の一つである。胆汁を含み、グラム陽性菌の発育を抑える。ラクトースを分解しないサルモネラ、赤痢は白いコロニー、分解する大腸菌は赤いコロニーとして生えてくる。ここから、病原菌らしいものを選び(経験が物を云う)、さらに検索する。MacConKey 寒天のような特定の菌が生えるように工夫した培地を選択培地と云う。

 コレラ菌の分離には、pH 9.0 とし、thiosulfate-citrate-bile salt (TCBS培地)で選択する。

21-3-6:病原性大腸菌

 Shigella と大腸菌は細菌学的に殆ど区別出来ない。遺伝子地図も似ている。ラクトース分解(+)が大腸菌で赤痢菌は(−)である。
deoxycholate 寒天でやや赤痢菌のほうが発育がよい程度である。菌の病原性を決める遺伝子は多くプラスミド上に乗っている。このような遺伝子が大腸菌に入れば、病原性の大腸菌になっても不思議はない。実際、コレラ様症状を起こす腸管毒素原性大腸菌 (ETEC) はコレラ毒素に似た毒素を出す。志賀毒素を出す腸管出血性大腸菌は出血性大腸菌(EHEC) を起こし、腸管侵襲性大腸菌 (EIEC)は赤痢と同じ症状を起こす。EHEC は 1990 年井戸水汚染から幼稚園での集団感染を起こし2人の死者を出した。

 病原性腸管出血性大腸菌0157:H7

 わが国では、1996年7月の堺市の事例に代表される病原性大腸菌0157:H7(以下O157と略す)の大流行が各地で発生した。堺市の事例では、下痢、血便を主症状とする小学生が報告された最初のケースで、その日の内に患者が200名を越し、90の小学校、2つの養護学校、に及んでいる事が判明した。発病者が学童に集中している事から給食が疑われ給食中止、次いでは学校閉鎖となった。この事件での総患者数は1万6千名となり、3名が死亡した。学校給食による食中毒(細菌感染)は多く、1963年熊本で2千人、1964年に福島で千人、静岡で7百人、1965年には北海道で千7百人、等々と毎年大きな流行が起こっており、堺市では偶々原因菌が大腸菌O157であった訳である。

 この細菌感染は米国では1992-1993年にかけて発生しており、死亡者が出た事で一躍注目を浴びた。この米国のケースは、加熱の不十分なハンバーガーを食した事によるものである。

 O157は牛の腸で増殖し、7度位の低温でも増殖する。又、70度程度迄加熱しないと、生残する。症状は、出血性大腸炎、腹痛、血性下痢で、10%位に急性腎症が起こり、死に至る。

 最近のO157の流行の原因として、牛の飼料が変わった為ではないか、と云う研究成果が出てきた。従来藁を飼料にしていたが、第二次世界大戦以後牛の飼料は澱粉穀物に変わった。澱粉を飼料とする牛の腸のpHは低くなり、結果として低pH(酸性)で増殖する大腸菌を選択的に増殖させる事となる。O157は一般に酸性に耐性である事が知られており、酸に強い大腸菌を牛に投与すると、澱粉飼料の牛では藁を飼料とする牛に比較し腸管の菌数は1-10万倍位多かったと云う(Science, 281:1666, 1998)。狂牛病が飼料として牛臓器(感染牛由来臓器が混入)を使用した事による事と合わせ、畜産の手法が人の病気の原因となった点で興味深い。牛は肉になると厚生省の担当となるが、生きた牛を扱うのは農水省である。縦割り行政の問題点が如実に出たケースと云える。

図21-3-7

 

21-3-7:食中毒

 食品による感染症、或いは食中毒、の患者数は戦後全く減っていない。寧ろ、一件あたりの患者は増え、より広域化している(図21-3-7)。特に調理済食品に問題が多い。既に、1988年総務庁報告で厳しく指摘されていたが、堺市の事件はこの報告書にあるような指摘事項が全く改善されなていなかった事が根本にあると云える。

 次の文書は「調理済食品及び健康食品の安全衛生対策の現状と問題点」という昭和63年11月出版の総務庁報告書である。その現状は平成11年現在もあまり変わっていない。

 1.調理済食品に関する衛生管理対策

(1)調理済食品の衛生管理基準の整備等
(勧告)
 国民の食生活の簡便化志向,共働き世帯の増加等に伴い,調理済食品の利用が増加しおり,調理済食品に係る製造施設(弁当屋・仕出し屋・そうざい製造業)数も,昭和55年の7万2,004施設から昭和61年の9万1,943施設に増加している。

 調理済食品の製造を業として行おうとする者は, 食品衛生法(昭和22年法律第23号。以下「法」という。)第21条第1項に基づき,弁当及び仕出し料理の製造については飲食店営業の許可を,そうざいの製造についてはそうざい製造業の許可を都道府県知事から受けなければならず,都道府県知事は,その営業の施設が都道府県知事が定めた施設についての公衆衛生上の見地からの基準(以下「営業施設基準」という。)に合うと認めるときは,法第21条第2項に基づき,許可しなければならないとされている。また,調理済食品の製造業者及び販売業者(以下「調理済食品営業者」という。)は,法第19条の18第3項に基づき,都道府県知事が地域性を加味して定めた営業施設の内外の清潔保持,ねずみ,こん虫等の駆除その他公衆衛生上講ずべき措置に関する基準(以下「管理運営基準」という。)を遵守しなければならないとされている。

 厚生省は,営業施設基準及び管理運営基準に関し,それぞれ準則を策定し,営業施設基準準則については,「食品衛生法施行規則の一部を改正する省令の施行について」(昭和25年4月6日付け衛発第280号, 厚生省環境衛生局長通知)等により,管理運営基準準則については,「食品衛生法の一部を改正する法律等の施行について」(昭和47年11月6日付け環食第516号・厚生省環境衛生局長通知)により都道府県知事に通知している。また,過去の食中毒事例からみて,弁当及びそうざいについては,細菌性食中毒が最も多く発生しており,特にその微生物制御が極めて重要な課題となっていること等から,微生物の制御を中心に原料の受入れから製品の販売までの各過程全般における取扱い等の指針を示した「弁当及びそうざいの衛生規範について」(昭和54年6月29日付け環食第161号,厚生省環境衛生局食品衛生課長通知,以下「弁当そうざい衛生規範」という。)を策定し,都道府県の衛生主管部(局)長等に営業者への指導方を通知している。

 一方,我が国における食中毒事件数は,昭和55年で1,001件,昭61年で899件と横ばいの傾向にあるが,1事件当たりの患者数は昭和55年32.7人,昭和61年39.6人と増加傾向にある。

 今回調査対象とした22都道府県等管内における調理済食品を原因とする食中毒事件の患者数は,調理済食品の利用の増大等を背景として,昭和59年の5,096人から昭和61年の5,655人へと増加(11パーセント)し,昭和61年においては,食中毒事件全体の患者数(1万3,862人)の40.8パーセントを占め,また1事件当たりの患者数は,昭和59年の41.1人から昭和61年は55.4人と増加している。

 細菌性の食中毒は,食品の不衛生な取扱い等により,黄色ぷどう球菌,腸炎ビブリオ等の細菌が食品に付着し,十分な水分,栄養と,適した温度等の条件下で,時間を経るにしたがい細菌が増殖することによって発生するとされているが,細菌は,自然界に広く存在しているところから,その付着を完全に防止することは不可能といわれている。

 調理済食品は,通常,摂食する直前に煮る,揚げる等の加熱処理をすることなく摂食されるため,この面からみても食中毒の発生の危険があり,また細菌の増殖した調理済食品が多数の消費者に提供された場合には食中毒患者の発生が大規模かつ広範囲に及ぶことが懸念される。

 調理済食品のこのような特性から,「弁当そうざい衛生規範」においては,(1)弁当については,盛り付け後摂食までの時間が7時間以内の場合には食中毒発生の可能性が少なく,4時間以内の場合にはその可能性がほとんどないと考えられるので,この点に留意しながら,製造及び販売を行うこと(2)そうざいについては,摂氏10度以下又は65度以上(ただし,揚げ物を除く。)で保存することが望ましいことなど,時間管理及び温度管理についての指針を示している。

 調査対象とした22都道府県等において,過去に発生した調理済食品を原因とする食中毒事件の内容及び調理済食品営業者における衛生管理の実態を調査した結果,次のような状況がみられた。

 (1) 調査村象39保健所管内における昭和59年から昭和61年までの3年間に発生した調理済食品を原因とする食中毒事件85件に係る発生要因についてみると,直接的には食品の不衛生な取扱い等による食中毒細菌の付着に起因するものであるが,時間管理及び温度管理が不十分なため,食中毒細菌の増殖の機会を助長させるような衛生管理が行われ ていたことに起因すると認められるもの60件(70.6パーセント)がある。なお,調理済食品別に主な実態を示すと次のとおりである。

 ア 店頭で不特定多数の者に販売されることを目的として製造される弁当(以下「店頭販売弁当」という。)及びそうざいについては,常温で長時間陳列し販売するなど,販売過程における温度管理が不適切なものが多い(店頭販売弁当10件中5件(50.0パーセント),そうざい3件中3件(100パーセント))。

 イ 給食弁当については,常温で長時間配送するなど,運搬過程における温度管理が不適切なものが多い(9件中6件(66.7パーセント))。

 ウ 仕出し弁当については,調理能力以上のものを受注した結果前日調理するなど,受注管理が不適切なものが多い(20件中10件(50.0パーセント))。

 エ 仕出し料理については,仕出し弁当と同様に受注管理が不適切なものが最も多く(18件中8件,44.4パーセント),次いで摂食予定時間より早めに配達,配膳し,常温で長時間放置されたことによるものが多い(18件中7件(38.9パーセント))。

 (2) 廷ベ143製造施設における276製品及び148販売施設における364製品について,調理 済食品の時間管理及び温度管理の実態をみると,次のとおり,不適切な管理が行われており,食中毒の発生に至るおそれのあるものも認められた。

 ア 調理済食品が常温で4時間を超えて保管されているものが7製造施設(4.9パーセント)において16製品(5.8パーセント)みられ,中には常温で16時間保管されているものがみられた。

 イ 調理済食品の陳列・販売時間が常温で4時間を超えているものが18販売施設(12.2パーセント)において63製品(17.3パーセント)みられた。

 また,陳列・販売時間と仕入れのための運搬時間とを合わせると,4時間を超えて常温で保管・敗売されているものが46販売施設(31.1パーセント)において91製品(25.0パーセント)みられ,このうち最長のものは14時間に及んでいる。

 (3) 近年,調理済食品の製造施設と販売施設との分離及び流通の広域化等に伴い,製造業 者自らが又は運送業者に委託して調理済食品を自動車により長時間,広域・長距離運搬しているものが増加している。

 調査対象142製造施設中134製造施設(94.4パーセント)が自動車で製品を運搬しており,これらの運搬方法等についてみると,84製造施設(62.7パーセント)において常温で運搬し,中には,2時間以上常温で運搬しているものが15製造施設(17. 9パーセント)あり,そのうち360キロメートルを6時間にわたって運搬しているものがみられた。

 (4) 調理済食品の調理,保管,運搬,販売の全過程に通ずる時間管理,温度管理の方法等 及び受注管理に関する規制状況についてみると,厚生省は温度管理の方法等について,管理運営基準準則において「製品は,冷蔵保存する等衛生的に管理すること。」と示しているが,調査対象とした22都道府県等においてこれを管理運営基準の中で更に具体化して定めているのは,(i)運搬過程における温度管理の必要性について規定している2県,2市(18.2パーセント),(ii)受注管理の必要性について規定している2県(9.1パーセント)にとどまっている。

  また,調理済食品の調理,保管,運搬,販売等の全過程に通ずる時間管理,温度管理及び受注管理について,調査対象保健所における監視又は指導の状況をみると,時間管理,温度管理の方法等に関する事項について厚生省の管理運営基準準則に具体的に示されていない等として,これを管理運営基準にも定めていないことから監視又は指導が徹底できないとするもの(63.9パーセント)がみられた。

 したがって,厚生省は,調理済食品を原因とする食中毒事件の発生を防止するためには,食品に対する食中毒細菌の付着を防止することのほかに,付着した食中毒細菌の増殖の要因を除去すること等が重要であることにかんがみ,次の措置を講ずる必要がある。

 (1) 過去における調理済食品を原因とする食中毒事件を分析する等により,食中寺の発生態様及び食中毒防止のための調理,保管,運搬,販売の全過程に通ずる時間管理,温度管理の方法等の具体例を含む調理済食品の衛生的取扱いのマニュアルを作成し,調理済食品営業者に対してその周知を図ること。

  また,監視又は指導を効果的に行うため,調理済食品に係る調理,保管,運搬,販売の全過程に通ずる時間管理,温度管理の重要性を管理運営基準準則に示すとともにこれに基づく監視指導指針を作成し,調理済食品営業者に対し適切な監視又は指導を行うよう都道府県を指導すること。

 (2) 調理済食品の受注管理については,「弁当そうざい衛生規範」において営業施設,設備,人的能力に応じた食品の取扱いを行うよう示すとともに,調理済食品営業者の適正な受注管理が徹底されるよう都道府県を指導すること。

21-3-8-1:HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point System)とその応用

 HACCPは食品製造工程などでの衛生管理の為に開発された手法であり、現在我が国でも食中毒予防などに適用されている。日本語に訳すと「危機分析及び重点的管理システム」という様な処が一番近いかもしれない。HACCPは以下の7つの要素からなる。

(1) 危機分析hazard analysis。製品とその使われ方を確認し、製造工程(flow diagram)の妥当性を確認する。この作業には、関係者全員の参加が必要である。

(2) 危なそうな工程(CCP, Critical Control Point )の同定。危機分析に基づき、食品安全確保に注意が絶対必要な工程(CCP)を同定する。

(3) 基準値(Critical limit)の確立。pHや菌数等につき、許容出来る限度を決める。

(4) CCPの管理をモニターする系を確立する。

(5) 特定の工程(CCP)で問題が出た場合の対策を確立する。

(6) HACCPが機能しているか否かを確認する手段を確立する。

(7) HACCPに関する全ての段階の記録を残す。

 基準としてのHACCPについては、codex alimentarius food hygiene basic texts (1997)を参照することを勧めるが、簡単に云えば、ただ漫然と衛生に気を付けようと云うのではなく、危ない工程を予め確認し、それに対しての対策を立てた上で、作業をすると云うことである。

21-3-8-2:HACCP の考え方の院内感染への応用

 この手法は、衛生管理を、設備のみに頼らず、作業者の行動にも着目しており、考え方は広く適用出来る。

 例えば、その内容を、院内感染対策に置き換えて書いてみると、次のようになる。

(1) 過去の事例、病院設備、患者、診療内容等から、起こり得る院内感染に関する分析を行い、

(2) どこが最も院内感染を起こす場所か、或いは診療行為か(CCP)、を調査し、院内感染を防止する上で決定的な診療行為/場所を決定する。その上で、

(3) 現状分析を行う。

(4) 現状が不十分であれば、その是正策を確立する。

(5) 院内感染情報は、感染者の病棟、病院内での分布、検査室からの病原体分離に関する情報を基にリアルタイムで把握する。

 考え方のポイントは、現場の人達が、危険性のある行為や場所を、自分達で見つけ、それについては細心の注意を払う(しかし、必要以上のことはしない)、と云う点である。平たく云えばメリハリの効いた院内感染対策である。

 各病棟或いは診療部門では状況は一様ではない。それぞれの現場でリスクの高い場所(クリテイカルポイント)は違う。現場のマニュアルは現場で作られるべきである。器材や資材の管理、清掃の指示、廃棄物処理、いずれにも責任者が必要である。又、何が何処にあるかも明確でなければならない。しかも、現場の全員がそのマニュアルを理解していなければならない。その為には、マニュアルは全員が参加して作られ、問題点を解決する為に、常にスタッフ全員の意見を容れ、改正さるべきものである。

21-3-9:生きているのに培養出来ない菌(VNC)

 O157に汚染した湖水から感染したと云う事例が出ている。このような条件下の菌は、容易に普通の分離培地で増殖させる事が出来ない。Rita Colwellは、マリーランドのチェサピーク湾のVibrio choleraeについて、生きてはいるが培地でコロニー形成が出来ない状態(viable but non-culturable, VNC)の菌がある事を示したが、その後、大腸菌、サルモネラ、レジオネラなどについても同様な事が報告されている(Microb.Ecol.8:313, 1982)。VNCの本態は、培養に移した時に菌が自殺のプロセスに入る為ではないか、と云う考えが出されている(Trends food Sci. Technol. 8:236, 1997)。従って、現在の環境中の病原菌の検出方法につき再検討がなされている。

21-3-10:サルモネラ菌 Salmonella

 Salmonella の内、チフスを起こすのは S. typhi (あるいは、S. paratyphi A )である。この他、チフス症状を起こさない 2,000 を越す血清型のサルモネラ菌 S. enteritidis があり、動物・人に感染し、人の食中毒を起こす。食べてから 24-36 時間で発病する。食中毒とは云うものの、実際は菌が血液に入りおこる菌血症である。サルモネラ食中毒は一般に特別な治療を必要としない。

 サルモネラを大きく分けると次の3群となる。

 S.enteritidis,S.typhimurium  局所感染
 S.choleraesuis  局所または全身感染
 S.typhi  全身感染

 S.enteritidisに感染すると、十二指腸粘膜上皮や粘膜マクロファージ中に菌が検出される。しかしM細胞の中には見つからない。S.typhiの場合にはM細胞(赤痢の項参照)中に見つかり、この細胞を経て粘膜下、血中へと移行していく。最後には敗血症となりここで頭痛発熱、食思不振、咳、倦怠、筋肉痛などの症状が出る。下痢よりもむしろ便秘気味になる。治療しないと10%位の人が死ぬ。治療にはChloramphenicolを使う。 

 腸チフスの診断はかなり困難である。1979年の調査で患者送院までの診断名は

  感冒19、不明熱15、腸チフス11、敗血症3、胆のう炎3、
  虫垂炎3、マラリア3、気管支炎2、急性肝炎2、肝障害2、
  急性膵炎2、腎盂腎炎2、サルモネラ菌血症1、扁桃炎1、
  骨髄炎1、腹膜炎1、膠原病1、胃ガン1、ノイローゼ1、

となっている。どうしてこの様な診断がつくのか考えてみよう。

 S.typhiには生ワクチンが開発されていてVivotifの商品名がついている。S.typhi Ty21aでSwiss Serum Vaccine Instituteで開発されたもので病原性発揮に必須のO抗原を作るのに必要なgalE遺伝子に変異があり、病原性を欠く。galE以外にも変異があり弱毒化に寄与している。エジプトのtrialで96%、Chiliで60-80%の予防効果が報告されているが、高価格であることと5日間かけて飲む点に難点がある。Ty21aに他の抗原例えばコレラ抗原を発現させ複数の菌に対し予防するvaccineを作ることが考えられている。

 S.enteritidisの様な食中毒菌でも状況が変わると全身感染を起こす。S.havanaは1984年呉市の産院新生児室で流行し81名中29名に感染、2名が死亡している。サルモネラは食中毒で大きな割合を占めるが、食中毒は戦後減少する傾向は無く、一件あたりの被害者は増え続けている。何故か考えてみよ。

21−4: 主に日和見感染を起こすグラム陰性かん菌

 プロテウス、セラチア、クレブジエラ、緑膿菌などは日和見感染を起こす。レジオネラはグラム染色では染まらないが、外膜を持つのでグラム陰性かん菌と言える。一種の日和見感染症である。在郷軍人病の原因である。

21-4-1: 緑膿菌 Pseudomonas aeruginosa

 絶対好気性で発酵をしない。pyocyanin を出し青緑色のコロニーを作る。独特の甘い臭いがする。乾燥に弱いので気道感染はしないが、どこにでも生える。従って、根絶は難しい。免疫能の低下した患者に感染を起こす。ジフテリア毒素に似たexotoxin A を出し、病原性に関与する。多くの抗生物質、ペニシリン、第一、及び第二世代のCephalosporin 、Tetracyclin 、 Chloramphenicol 、 Vancomycin などは無効である。 Aminoglycoside 、Streptomycin の仲間が有効である。

 好中球(neutrophil)がこの菌への感染防御に働くので、白血球減少のある患者では白血球輸血や GCSF (Granulocyte増殖因子)投与が感染防止に有効である。neutrophilはGranulocyteの一つである。Granulocyteにはneutrophilの他にeosinophil、basophilがある(図21-4-1)。

図21-4-1

 菌が血液に入ると血管内皮に感染し血栓を作り、その上の皮膚は黒くえ死に陥る。敗血症では DIC ( disseminated intravascular coagulation ) が起きる(図21-4-2参照)。敗血症になると8割位死ぬ。

21-4-2:細菌感染によるショック

 グラム陰性菌には外膜にLPSがあるが、これが血液中のLPS-結合蛋白と結合する。すると、macrophage,monocyte、内皮細胞のCD14受容体に結合し、TNFα、IL-1、血小板活性化因子等の産生を刺激する。これ等の因子はprostaglandin、leukotrienを介し内皮細胞を障害し収縮不全、血液漏出を来す結果、毛細血管に血液がたまる。一方血小板活性化により血管に凝塊が出来フィブリノーゲンが異常に消費され結果として異常出血が起こる。こうして主要血行に血液が行かず血圧低下shockに至る(図21-4-2)。

図21-4

 

21-4-3:レジオネラ Legionela pneumophila

 好気性菌で本来土壌細菌である。培養には特別の培地を必要とする。空調の冷却塔や給湯系で増え、空調やシャワーを介して気道感染により肺炎を起こす。
Acanthamoeba、Neogleriaなど原虫の中で増殖しており、水の塩素消毒が有効でないことがあるので注意が必要である。通常より高濃度での塩基消毒を行う。

 1976年フィラデルフィアで4,400人の在郷軍人の大会があり、149人が゙原因不明の発熱、咳、肺炎症状を起こし34人が死んだ。菌が分離されず、リケッチア感染を疑った研究者が、モルモットに患者材料を接種した事が発見につながった。老人や基礎疾患を持った人に感染を起こしやすい。人から人への感染はない。

 血清中のL.pneumophila 1型血清群への抗体を調べると一般の人で1−20%に陽性であるという報告がある。又、暴露された場合の感染率は通常 0.1−5% とされている。しかし、稀に95%の感染率が報告されたケースもある。

21-4-4: プロテウス、セラチア、クレブジエラ

 プロテウス、セラチア、クレブジエラは腸内細菌科の仲間である。大腸菌、赤痢菌、サルモネラ、エンテロバクターなども腸内細菌科に入る。腸内細菌科に属する菌はまっすぐなかん状菌で胞子を作らず、全てグルコースを分解する。腸内細菌科というのは科名で、腸内にいる菌を指す訳ではない。

 プロテウス Proteus mirabilis

 運動性が大きい菌で、寒天平板に接種すると、同心円状の綺麗なコロニーの模様を描く。腸管に居り、床ずれや外科手術の傷口への感染、尿路感染を起こす。リケッチアと共通抗原を持つプロテウス群があり、発疹チフスの診断、Weil - Felix 反応に利用される。

 クレブジエラ Klebsiella pneumoniae

 正常人の呼吸器に常在するが、慢性呼吸器症の二次侵入感染症となり、大葉性肺炎(lobar pneumonia) を起こす。大きな多糖体のカプセルを持つのが特徴でコロニーがヌルヌルした感じがする。

21-4-5:尿路感染症

  Klebsiella,E.coli,Enterobacter(KEE)は尿路感染を起こす代表的な菌である。いづれ もラクトースを分解する。尿路感染を調べる場合、新鮮な尿につき菌数を調べなければならない。培養して1ml当たり1,000ケ以上の菌集落が出る尿は感染を疑う。

 これ等の菌の内、大腸菌のケースが最も多い(50−70%)。腎盂炎を起こす大腸菌はβ溶血(+)である。Klebsiella,Enterobacterがβ溶血(+)であることはまず稀である。

 β溶血を起こすグラム陰性かん菌としてはPseudomonas aeruginosaがあり、大腸菌との鑑別が必要である。Pseudomonas は腸内細菌科に属さず、ラクトース分解など発酵はしない。

21−5:血液成分を要求する グラム陰性かん菌

 インフルエンザ菌、百日咳菌などがこの仲間である。

21-5-1:ヘモフィルス菌 Haemophilus influenzae

 血液寒天で増える。血液中のヘマチンと NAD を必要とする。気道に常在する。カプセル(莢膜)の存在が病原性と相関し、患者材料は必ずカプセルを持つが、正常人からの菌はカプセルを持たない。

 この菌による肺炎はすべての年齢層に見られる。一方、この菌による髄膜炎は 2 - 60 ケ月の小児にみられる。 因みに、60 ケ月を越えると S. pneumoniae の髄膜炎が多く、2 ケ月以下では S. agalactiae の髄膜炎が多い。

 60ヶ月迄の年齢では莢膜の多糖体に対するT細胞非依存性抗体反応が無い。従って、この年齢層の小児にヘモフィルス菌が感染すると、菌は莢膜を被っているのでphagocytosis を免れ、気道粘膜から血液に侵入し、脳脊髄液中で増え髄膜炎を起こす。

 T 細胞非依存性抗体反応では B 細胞とヘルパー T 細胞の相互作用を必要とせず抗体反応が誘導され、この様な反応を惹起する抗原は細菌の作るポリマーが主である。例えば、LPS、dextran、S.pneumoniae 莢膜などがその例である。

 ペニシリンのような殺菌力のある抗生物質治療が必要である。

21-5-2:遺伝子再配列を利用したヘモフィルスの相変異

 H. influenzae の莢膜の多糖体は相変異をする。サルモネラの H 抗原はプロモーター部分の部位特異組換えによる ON/OFF であったが、この場合はCAAT の繰り返し配列間の組換えを利用している。多糖体合成に必要な糖転位酵素をコードするオペロン lic-1 は4つの酵素 ABCD をコードしている。Aシストロンの AUG 開始コドンの後に 30 の CAAT 繰り返しがある。4xn = 3xm+a でa がゼロにならないと後の読み取りフレームと合わない。つまり、a=0 の時だけA シストロンは蛋白として読まれる。N. gonorrhoea の表面蛋白 Protein IIも同様な相変異をする。この場合は CTCTT の繰り返しが AUG の後にあり、5xn=3xm+a で a=0 なら読み取りフレームが合い、Protein IIが蛋白として発現される。このような組み換えは、DNA複製での鎖のペアリングの誤り、つまり slipped strand mispairing によって起こるらしい。

 これに似た短い塩基配列の繰り返しは動物でも見られている。動物では microstellite の名で知られており、大部分は蛋白をコードしない領域にあるが、10%位は蛋白コード領域内にある。ハンチントン病(舞踏病)に関与する蛋白のN末には、正常人では10〜30のグルタミンをコードする triplet(CAG)が並んでいる。これが病気になると36以上の繰り返しになる。(E.R. Moxon & C.Wills DNA Microsatellites: Agents of Evolution? Scientific American, 280,72 1999)。 

21-5-3:百日咳菌 Bordetella pertussis

 栄養要求が複雑である。分離には Bordet-Gengou 培地を使用する。人以外に感染し増殖する事はない。百日咳を起こす。菌が吸入されると、肺の繊毛上皮にまず吸着し、そこで、気管支毒素を出す。ムレイン由来の多糖体で、繊毛細胞を殺し粘膜分泌物を増やす。その結果特有の wooping-cough を引き起こす(図21-5-3)。

図21-5-3

 もう一つPTX毒素があり、これは cAMP 代謝を異常にする。典型的AB毒素で、コレラ毒素に似ている。G蛋白を ADP - ribosylation する。百日咳特有の末梢白血球増加はこの毒素が関与している。PTX毒素は病原性と強い相関があり、この毒素を作らない菌は病原性もないと云われる。PTXトキソイドはワクチンの中の重要な防御抗原である。予防注射は DPT (ジフテリア、百日咳、破傷風)として接種するが、注射は痛いし、発熱も有る。2千人に1人の割合でけいれん発作が見られ、副作用の問題の解決が急がれている。

21−6:人畜共通伝染病 Zoonosisを起こすグラム陰性かん菌

 家畜あるいは動物の病気が人に感染するもので、ブルセラ、ペスト、野兎病などである。日本では少ない。

 ブルセラ Brucellosis はヒツジ、ウシ、ブタなどを扱う人の「原因不明熱」の原因である事が多い。

 ペスト Yersinia pestis はアジアの奥地ではまだ見られるし、北米で 1980 年半ばに増加傾向をみた。1994年インドで大規模の流行があり、2,500人の患者が出て58人が死亡した。消えたと考えるのは危険である。ラット等げっ歯類が自然宿主である。感染動物を吸血したノミが人を吸血し感染する。菌は人のマクロファージ内で増え、リンパ節に移行し腺ペスト、敗血症からDIC となる。人から人への感染もある。菌の肺への吸入などが原因である。

 Yersinia enterocolitica はわが国でも「食中毒」原因菌として報告されている。サルモネラによる胃腸炎に似た症状を起こし、腸間膜リンパ節炎を起こし虫垂炎と間違われる事もある。

 野兎病 tularemia は Francisella tularensis の感染により起こる。野生げっ歯類からノミ、ダニを介して感染する。

21−7: らせん菌 Spiral Organisms

 らせん菌は、外膜を持つのでグラム陰性菌の仲間である。Treponema、Leptospira、Borrelia がある。但し、グラム染色は観察に適さない。

21-7-1:トレポネマ Treponema

  Treponema pallidumは梅毒をおこす。培養できない。暗視野顕微鏡で見るが、T. gracile、 T. genitalis など生殖器の常在菌、T. microdentum など口腔の常在菌がおり、口の中にらせん菌がいてもあわててはいけない。

 乾燥、消毒薬、熱に弱い。性交渉 で伝染する。わが国の届出患者数は毎年2千人位であるが、控え目な数字である。感染すると局所に無痛性かいようを作る。2−6 週で自然に治る。この内、50% 位の患者は 2ー6 週の無症状の時期を経て2期梅毒になり、皮膚に発疹が出る。これに引き続き無症状の時期が 3-30 年続く。この内半数(感染者の 25%)位に3期梅毒が見られ、皮膚、骨、肝臓の gumma、 心臓、血管梅毒、神経梅毒の症状、が現れる。無症状の時期に何が起こっているのか?何故1期梅毒は自然に治るのか?不思議な点が多い。
 ペニシリンで治療する。母子感染による先天梅毒では、普通生後2年位で臓器不全、奇形などがはっきりして来る。

21-7-2:レプトスピラ Leptospira

 Leptospira interrogans は Weil 病を起こす。感染したラットなどの動物の尿に汚染した水との接触で感染する。

21-7-3:ボレリアBorreliaとライム病

 回帰熱は Borrelia recurrentis による感染で、シラミやダニが媒介する。

 最近話題になっているのが、ライム病である。B. burgdorferi による。ダニが媒介する。特徴は慢性遊行性紅斑で、インフルエンザあるいは髄膜炎様症状で始まる。ついで脳炎脳神経炎様神経系症状が出、さらに「ライム関節炎」と云われるものが半数位に見られる。発見の発端は 1975 年、米国コネチカット州ライムで若年者に関節リューマチが多発し、母親が異常に気付いた事による。日本の調査でも抗体陽性者が見つかっている。

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