第20章 抗生物質と薬剤耐性

 

 抗生物質は後述のStreptomycesや真菌から得られる。細菌由来の抗生物質もある(Gramicidin Sなど)。抗生物質は自然界でこれ等の微生物が他の微生物を殺したり、増殖を抑えたりして、生き残る手段であると考えられる。抗生物質耐性は抗生物質により殺されまいとする自衛手段である。細菌感染の治療に使用する抗生物質は多量にあり、物質名の他に製品名があり、なかなか憶えられない。又、年々新しい製品が出されるので、折角憶えても卒業する時には現在の知識はそのままでは役に立たないであろう。一方、病原体も抗生物質耐性の獲得などで、今日有効なものが明日は無効にもなり得る。この様なことも考えに入れ学習すると良い。

20−1:抗菌特異性と体内分布

 抗生物質には、極く僅かの菌にしか有効でないものと色々な菌に有効なものがあり、前者を狭域抗生物質、後者を広域抗生物質という。後者なら、病原菌の種類を知らなくても治療できるので、これに限ると考えるかもしれないが、同じ菌に効くと云っても有効とされる抗生物質はどれも抗菌力が同じと云う訳ではない。

 抗菌特異性と体内分布:抗生物質は菌を殺す訳であるから他の生き物である人間にも全く害がない訳ではない。従って、なるべく人体にはなく細菌にのみ存在する物質に作用するものがよい。細胞壁は細菌にしかないから、これに特異的に作用するペニシリンは良い抗生物質である。又、有効性を考えると、薬は感染部位に到達しなければならない。膀胱炎を治すのならば、経口投与薬なら腎臓から活性型のものが尿中に出ていかなければならない。つまり、体内分布を考える必要がある。
 上のような事を検討したで、薬剤アレルギー反応や、薬剤耐性を考慮し薬を選択する。

20−2:静菌作用と殺菌作用

 抗生物質には菌を殺さないが増殖を抑えるものと、菌を殺すものとがある。ペニシリンは細胞壁合成を抑えるので増殖している菌に作用させれば菌は殺される。増殖していない菌には無効である。TetracyclineやSulfanilamideは増殖を抑えるが菌を殺さない。従ってTetracyclineとPenicillinを同時投与するとPenicillinの効果はなくなる。

20−3:細胞壁合成を抑える抗生物質

 β-lactam:細胞壁合成阻害し菌を殺す作用がある。Penicillin、Cephalosporin、Carbapenem、Monobactamなどがあり、毒性は殆どない(図20-3)。アレルギーが問題である。投与された患者が死ぬことがあるのであらかじめ問診やテストをしなければいけない。

Monobactam と前三者の間ではアレルギーの交叉はないとされている。
 ペニシリンはグラム陽性菌に効く。グラム陰性菌では球菌にのみ有効である。Cephalosporin 系の第二世代と云われるものはグラム陰性β-lactamase産生菌、例えばペニシリナーゼ産生淋菌(PPNG)、にも効くが、連鎖球菌、ブドウ球菌には効きが悪い。第三世代(Cefotaxime など)は緑膿菌にも効くが、ブドウ球菌には抗菌力が弱く、この無差別の使用が MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌) による被害を大きくする一因となった。

 耐性は、(1)菌がペニシリンのβ-lactam環を切るβ-lactamase 遺伝子を獲得する場合、(2)メチシリン結合特異性のないペニシリン結合蛋白(PBP2')をコードするmec 遺伝子を獲得し、β-lactam 存在下でも普通に増殖する場合とがある。

図20-1

 

 Glycopeptides:細胞壁合成阻害剤で菌を殺す。グラム陽性菌に有効で、VancomycinなどはMRSAに使用されている。
 耐性は菌のVanA VanH遺伝子による。耐性菌では、細胞壁合成の際のトランスペプチデーションの際、これらの遺伝子産物がD-Ala-D-Alaの代わりにD-Ala-hydoxybutylを取り込ませる為、VancomycinがD-Ala-D-Alaへ結合してもトランスペプチデーションは正常に進む。よって菌はVancomycin耐性となる。

20−4:蛋白合成を抑える抗生物質

 Aminoglycosides:30Sリボソームに結合する。この為fMet-tRNAはP siteにつく事が出来るが、これに50Sリボソームが結合出来ず蛋白合成が開始しない。このため菌は殺される。Kanamycin、Gentamycin、Neomycinなどがある。Kanamycinは聴力障害の副作用を起こす。

 耐性菌は、燐酸化、アデニル化、アセチル化などにより菌体外で抗生物質を不活性化する酵素の遺伝子をもっている。

 

 Tetracyclines(TC):30Sリボソームに結合しA siteを変化させ、蛋白合成を抑え菌の増殖を抑える。毒性は非常に低く色々な菌に有効であるが、特に、ChlamydiaやMycoplasmaに有効とされる。腸や腎から排出されるので正常フローラがやられ、大腸炎による下痢や性器のカンジダ症が出る事がある。又、腎障害のある場合は注意が必要である。

 耐性には、(1)ATP依存性に菌体外に薬を汲み出してしまう機構(グラム陰性菌でのTetA-G、陽性菌でのtetK、tetL)(図20-4-(1))と、(2)細胞質に発現された薬剤耐性蛋白(tetM tetO tetQ)によりTetがリボソームへ結合出来なくなる機構の二つがある。

図20-4-(1)

 MacrolidesとLincosamides:50Sリボソームに結合し蛋白合成の際のペプチドの伸長を抑え、菌の増殖を抑える。二者とも似た抗菌スペクトルを持ち、Chlamydia、Mycoplasma、Legionella、Campylobacter感染に使用される。MacrolideであるErythromycinは肝機能低下の時は使用してはならない。LincosamideであるClindamycinは腸管フローラを壊し、結果としてC.difficileの過剰増殖を起こすので有名である。

 耐性はerm遺伝子産物が23SrRNAをメチル化し、薬が50Sリボソームに付けなくする事による。ermの発現にはleaderペプチド翻訳を介したattenuation機構が 関与している(mRNAのstem-loop構造形成を介する点でtrp operonのattenuationに似る)(図20-4-(2))。

図20-4-(2)

 Chloramphenicol:50Sリボソームに結合しペプチドの伸長を抑え、一般には静菌的に働く(菌増殖を抑えるが殺さない)が、ヘモフィルス髄膜炎やナイセリア感染では殺菌的に働くと云う。腸チフス、ヘモフィルス髄膜炎、脳膿痕に最初に使用すべき薬とされる。再生不良性貧血が最も重症の副作用である。Chloramphenicolアセチル化酵素(CAT)による薬剤不活化が耐性の原因である。

20−5:核酸合成阻害

 TrimethoprimとSulfonamide:核酸合成に必要なtetrahydrofolic acid合成酵素を競合的に抑える。動物は、この反応の生成物であるfolic acidを摂取し、この合成を行わないので、この抗菌物質は細菌にだけ作用する。菌の増殖を抑え、グラム陽性、陰性の好気性菌(緑膿菌は別)に有効で、尿路、胆管、呼吸器感染に使用される。

 耐性は、合成酵素遺伝子に変異が起こり薬の結合が悪くなる事による。それぞれにはかなりの頻度で変異が出るが、二剤でやると双方に耐性が出る事は少ないので併用する。

 Quinolons:DNA gylaseのβ-subunitに結合し、DNA合成を抑える。Nalidixic酸は尿路感染や腸内細菌に使用される。Norfloxacinは尿路感染へ、Ciprofloxacinは腸チフスなどのサルモネラ感染、緑膿菌などに有効とされている。
 耐性はgylaseのβ-subunitの塩基変異による。

 

20−6:抗生物質に関わる問題

 図20-6は最近の抗生物質の生産の動向を示している。1987年頃に比較すると半分位になっている。生産額が低下するのは色々な理由があり、一見抗生物質の適用な使用を反映しているように見えるが、抗生物質を開発するというincentiveが下がっていることは否定できない。この状況は世界的に大きな問題である。

 農業用抗生物質は食肉獣への投与は制限されている。我が国も例外ではない。しかし、投与制限は出荷前の一定期間に限られている。つまり、食肉動物は、それ以外の時期は薬漬けで飼育されることがあり得る。又、野菜等には人間に副作用があり使用できないものや、古い抗生物質でストレプトマイシンなどは肥料に混ぜ大量に使用されている(平成4年ストレプトマイシン392トンを農薬として出荷)。規制は全くない。薬剤耐性菌の増加にこの様な状況が影響しないか、考えるべき事であろう。又水産食品については抗生物質の多くが禁止されているもの(アユ、コイなど)もあるが、ブリなどは禁止されていない。ウナギ養殖にはテトラサイクリンを使用しても良い事になっている(動物用医薬品、飼料及び農薬の安全使用等の確認を目指して・総務庁・平成5年)。

図20-6

 

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