第19章 グラム陽性菌

 細胞壁の厚い外膜のない菌である。形により、球菌 (coccus)とかん菌 (rod) に分ける。酸素の存在で増殖可能か否か、で好気性 (aerobic) 嫌気性 (anaerobic) に分ける。かん菌には胞子形成 (sporulation) をするものとしないものがある。

 即ち

胞子

     例

球菌

ブドウ球菌、連鎖球菌、
肺炎球菌など
かん菌

好気性

たんそ菌、セレウス菌

ジフテリア菌、リステリア

嫌気性

破傷風菌、ボツリヌス菌、
ウェルシュ菌

 マイコプラスマ 細胞壁を欠く

19−1:グラム陽性球菌

 グラム陽性球菌で臨床上重要なものは、ブドウ球菌、連鎖球菌、肺炎球菌である。マイコプラスマは細胞壁も無いが、外膜が無いのでグラム陽性菌の仲間と考えられている。

19-1-1: ブドウ球菌 Staphylococcus

<症例>菓子職人が包丁で手を切ったが、翌日から切った所が赤くはれて、4日後には局所に膿瘍が出来た。さむけがし、39度の発熱に至った。病院検査で、白血球が 20,000/μl (正常 9,000/μl )で血液からグラム陽性球菌が分離された。ペニシリンが有効で患者は数日で快復した。

 一方、菓子職人が病院に行く前に作った餅を食べた数人が、おう吐、下痢をした。食品検査により餅から黄色ブドウ球菌が分離された。

 病原性の黄色ブドウ球菌が引き起こす病気として、最も普通なものは、この例のように、化膿性のおでき、膿瘍、膿皮症、或は、その中で菌が増殖し産出した毒素(enterotoxin) を出した食物を食べる事による中毒である。

 ブドウ球菌を大まかに次の2つに分類する。黄色ブドウ球菌は病原性が高く、表皮ブドウ球菌は病原性が低い。

    黄色ブドウ球菌 Staphylococcus aureus

    表皮ブドウ球菌 Staphylococcus epidermidis

 マンニット食塩寒天は、食塩 (7.5% ) とマンニットを含むピンク色の寒天培地である。菌がマンニットを分解すると培地の pH が下がり菌のコロニーの周りが黄色くなる。この培地で増えるのは、主にブドウ球菌である(カビも生える)。

 マンニットを分解して周りが黄色くなったコロニーが黄色ブドウ球菌である。表皮ブドウ球菌はマンニットを分解せず白いコロニーでややサイズが小さい。

 黄色ブドウ球菌はウサギのプラスマを凝固する(コアグラーゼ反応プラス)が、表皮ブドウ球菌は凝固しない。

 ブドウ球菌は、栄養要求性が低く、大抵の所で増殖できる。また、乾燥した表面でもよく生残する。人の常在菌で、 30-50% の人で黄色ブドウ球菌が見つかる。保菌部位は鼻の穴が多い。

図19-1-1-(1)

 

 色々な毒素を出す。トキシックショック症候群(TSS)は毒素 (enterotoxin F, exfoliatin ) 産生性黄色ブドウ球菌感染によるもので、発熱、ショック(低血圧)、おう吐、下痢、腎不全、全身紅斑などを特徴とする。死亡率の高い重篤な疾患である。月経中にタンポンを使用した女性に多発した。これはタンポンが沢山の血液を吸い恰好のブドウ球菌の培地となったためである。

 腸炎型のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染 (MRSA) もこれに似た症状を呈し、多くの抗生物質が無効な為、死者を出した。病院における抗生物質の乱用と感染対策の不在が原因である為社会問題となった。ブドウ球菌は乾燥に比較的耐え、どこでも増殖出来、人の色々な部位に常在出来るので、病院感染を起こすには絶好の性質を持つ訳である。

 TSSを起こす黄色ブドウ球菌毒素や後述の劇症溶血性連鎖球菌の毒素 Spe は Superantigenであると云われている。正常の抗原提示においては、CD4+細胞のTcRはそれに対応する抗原断片しか認識しないので、T細胞の10に1ヶ位しか活性化されない。しかし、Superantigenは、MHC と TcR のβ鎖に結合し、いわば非特異的にT細胞を活性化する。この為全体のT細胞の1/5も活性化される。そうするとIL-2が大量に作られ血中に入り、これにより shock の原因となる TNFα 等の cytokine が大量に出て来る。また、ペプチド特異性のないT細胞の大量の活性化のため、逆に感染防御系のための肝心の抗原特異的免疫反応が十分機能せず、生体防御反応がかえって低下する(図19-1-1-(1))。

 

 ブドウ球菌の細胞壁にはprotein Aがある。protein Aは免疫グロブリン(抗体)のFc部分に結合する性質を持つ。

 免疫グロブリンを菌に作用させると、グロブリンのFc部分がprotein Aと根元で菌体に付き、Fab部分を外側にして菌体表面に立つ格好になる。その結果、抗原特異性を持つFab部分は、菌の抗原と反応出来なくなる。

 マクロファージによる食菌に於いては、抗体のFab部分と菌体抗原が付き外側に暴露されたFc部分をマクロファージのFcレセプターが認識し結合し、菌はジッパー様の機構で取り込まれる。ブドウ球菌のprotein Aに抗体のFc部分が付くとこの機構が効かなくなる訳である(図19-1-1-(2))。

図19-1-1-(2)
 

 ブドウ球菌の表面に抗体のFc部分と結合する性質のある蛋白がある事は、抗体とブドウ球菌を使うと、抗体と特異的に反応する蛋白を分離出来ると云う事である。

 例えば、ウイルス感染細胞をアミノ酸標識し、その可溶化分画(lysate)とウイルス抗体を反応させる。これにホルマリンなどで固定したブドウ球菌を加え、菌体を遠心分離すれば、抗原-抗体複合体が菌体と一緒に分離される。これを煮沸し抗原と菌体を分離させる。もう一度遠心して菌体を捨て、上清をとり、SDSゲルなどで電気泳動すれば目的のウイルス蛋白を分離することが出来る。

 ブドウ球菌はTSSの他にフィブリンを凝固するコアグラーゼ、溶血作用を持つヘモリジン、白血球細胞を殺すロイコサイジンなどの毒素を出し、いずれも菌の毒力に関与する。

19-1-2: 連鎖球菌 Streptococcus

 連鎖球菌(レンサ球菌とカタカナで書くのが普通であるが、ここでは漢字にしておく)は栄養要求性が高い。この為、血球を含む血液寒天で培養する。

 血液寒天には殆どの菌が増殖出来る。ブドウ球菌を分離するのに使うマンニット食塩寒天は、ブドウ球菌以外殆ど増殖しないので、この様な培地を選択培地という、血液寒天は非選択培地である。

 血液寒天上に培養した時の血球を溶かす性質から、連鎖球菌を3群に分ける。

溶血型

α溶血(不完全溶血)

S. viridans

S. mutans

β溶血(完全溶血)

S. pyogenes

(A群)

S. agalactiae

(B群)

γ溶血(非溶血)

Enterococcus

(Streptococcus) faecalis

 完全溶血の場合コロニーの周りが透明になるが不完全溶血では緑色に見える。

連鎖球菌は発酵しかしない(つまり、呼吸をしない)。どの連鎖球菌も糖を発酵し酸を作るのでpH が下がる。虫歯の原因は S. mutans であるが、乳など酸で固まるものを歯に沈着させる。チーズを作る時、乳を固まらせるのに第一段階で連鎖球菌を利用する(チェダーチーズ、スイスチーズなど)。酸素があっても無くても増えるが、2-10%炭酸ガス存在下でより良く増える。

19-1-2-1:溶血性連鎖球菌感染

 病原性の高いのは完全溶血をする連鎖球菌の内Lancefield 抗原分類でA群である Streptococcus. pyogenes(A群溶血性連鎖球菌) である。他の連鎖球菌と見分けるのには Bacitracin 試験を行う。S. pyogenes は Bacitracin 感受性なので、この抗生物質を含む disk を培養の上に乗せると、溶菌ゾーンが現れる。

 病気としては、

 (a) 咽頭炎やとびひ (impetigo) のような皮膚感染症がある。皮膚感染では Staphylococcus の場合のように膿を持たず、漿液性の分泌物が出る。かつては産辱熱の原因であった。

 (b) Erythrogenic toxin を出す菌株が感染すると猩紅熱になる。

 (c) 非化膿性疾患として、心筋炎、リウマチ熱、急性腎炎がある(図19-1-2-2参照)。

 菌の細胞壁にある M 蛋白の抗原決定部位の中に人の細胞の抗原と交叉するものがある。この為、菌に対して出来た抗体が心筋細胞などを攻撃すると考えられている。このような抗体を自己抗体と云う。

 1993-1994 年にかけて我が国で劇症型 A 群連鎖球菌感染が話題となった。いわゆる「人喰いバクテリア」である。基礎疾患のない個体に、軟部組織の壊死が起こり、急激に全身状態が悪化し、多臓器不全(DIC)で死亡する。この原因となる菌はSpe毒素(superantigenでもある)を産生する点が一つの共通点とされている。

 B群溶血性連鎖球菌Streptococcus agalactiaeは、2ケ月以下の乳児肺炎、敗血症、髄膜炎の原因となる。 

 溶血性連鎖球菌は、人の常在菌で、6人に1人はこれを保有していると云う。

19-1-2-2:自己免疫病

 生体は自分自身に対しては免疫反応を示さない。これを免疫学的寛容 Immunological tolerance という考えで理解している。

 これまでの説明では、抗原提示細胞(APC)とT細胞との相互作用におけるco-stimulatory factor B7 を省いていたが、自己、非自己の認識の理解にはB7の役割を考えなければならない。

 

 T細胞が APC と相互作用し活性化されるには、同時にT細胞の CD28 と APC の B7 が結合する必要がある。もし APC 上に B7 が発現していないと T 細胞は活性化されず逆に殺され、その抗原を認識する T 細胞はいなくなる。B7 は非自己の抗原、例えば細菌やウイルスの抗原を細胞内でプロセスしている抗原提示細胞のみで発現し、自己の抗原がペプチドとして抗原提示されてもB7は発現しない。従って、自己の抗原に対応する T 細胞クローンは、生体の中で除去され、非自己を認識する T 細胞クローンのみが存在することになる。これが自己抗原への免疫学的寛容の理屈である(図19-1-2-2)。

 自己免疫とは、何らかの理由でこの機構から外れて自己の抗原に対する免疫反応が起きた場合を云う。

上述した溶血性連鎖球菌感染において見られる心筋炎は自己免疫により起こると考えられている。

図19-1-2-2

 

 連鎖球菌の細胞壁にある M 蛋白は菌の上皮への定着に関与していると考えられている蛋白であり、80もの血清型がある。この内リウマチを起こす血清型の菌株があり、その M 蛋白は心臓のミオシンや筋線維鞘(sarcolemmal membrane protein)と交叉反応する特別な抗原決定部位 (epitope) を持つ。その結果、M 蛋白を認識するT細胞や抗体が心臓の細胞を攻撃し、心臓に障害を与える。即ちこれは生体が病原体の抗原の抗原決定部位に似た抗原を持つことによる自己免疫反応である。

 自己免疫の機序としては、この他に、自己の抗原が、非自己の抗原を提示している(つまり B7 を発現している)APC に取り込まれ、ペプチドに消化されて抗原提示され、対応する自己を認識する T 細胞を活性化する機構も考えらる。

 溶血性連鎖球菌感染で起こる急性腎炎も免疫反応が関係している。この場合はやや趣を異にし腎に抗原抗体の複合体が蓄積し、糸球体に炎症を惹起する事が原因となる。

 

19-1-2-3: 肺炎球菌 Streptococcus pneumoniae

 かつて Diplococcus pneumoniae と云われた様に球菌が2つ並んで見える。不完全溶血をする。5-10% 炭酸ガス存在下で良く増える。

 desoxycholate や胆汁により自己溶菌酵素が出され溶菌が起こる。オプトヒン試験はこの性質を利用したものである。病原性の低いS. viridans 等他の不完全溶血をする連鎖球菌はオプトヒンで溶菌されないが、S. pneumoniae は溶菌される。

 病原性のある菌株は多糖体の莢膜(capsule)を持っている。莢膜を持った菌のコロニーは滑らかであり(S型)、莢膜を持たない病原性の無い菌のコロニーはざらざらしている(R型)。

 Griffith とAvery らが transformation の現象を発見したのは、この実験系である。即ち、病原性の高いS型の DNA をR型の菌に取り込ませるとR型はS型になる。莢膜は多糖体であるから、取り込ませた DNA に存在した遺伝子は糖合成酵素遺伝子であった筈である。(ここでいうS型R型はグラム陰性菌の外膜の糖鎖の差による smooth と rough とは違うので注意。)

 人の上気道の常在菌である。宿主の制御機構が働かないと、中耳に侵入し中耳炎を起こしたり、下部気道に侵入し化膿性肺炎を起こす。大肺葉性肺炎の病原菌として最も頻度が高く、死亡例も多い。血流に入り菌血症を経て髄膜炎をおこす。ペニシリンが有効である。

 肺炎球菌の病原性には多糖体で出来た莢膜が大きな役割をしている。従って、多糖体に対する免疫反応の弱い個体ではこの菌に対する抵抗力が弱い。多糖体への抗体反応はT細胞非依存性であるが、この様な抗体反応は2−3才以降現れる。従って、莢膜が病原性に強く関わる肺炎球菌やヘモフィルス菌による髄膜炎は2−60ヶ月の児に多い。
 これに対し生後2ヶ月までの髄膜炎は産道感染が原因のS. agalactiae(その他大腸菌、Listeria monocytogenes)による事が多い。髄膜炎菌による髄膜炎は年令に関わらず(主に2ヶ月以降)見られる。

 

19−2:グラム陽性かん菌−胞子を作らない菌

19-2-1:ジフテリア菌 Corynebacterium diphteriae

 Loeffler の培地で培養をする。好気性条件で良く増殖する。メチレンブルー染色した標本を顕微鏡で見ると、赤紫に染まる顆粒(無機リン酸)が菌体に観察される。

 ジフテリアの原因菌である。飛沫又は接触感染で伝播する。まず、へんとう腺に感染し、そこで菌が増殖し偽膜を作り毒素を生産する。

 ジフテリア毒素は典型的 AB 毒素であり、A サブユニットが蛋白合成に必要な EF-2 を ADP リボシル化し蛋白合成を抑える。心筋、神経に親和性があり、心筋炎、まひが起こる。主病変は毒素によるので抗毒素血清療法が必要である。

 なぜ EF-2 を A サブユニットが特異的に ADP ribosyl 化するのか不思議に思うであろう。これは EF-2 に特異的な 3-carboxyamido-3 [trimethylmino] propyl histidine という他にない modified histidine があり、これに特異的に ADP-ribosyl group がつくためである。

 菌は感染局所で増殖し全身には広がらない。菌が増殖し局所の鉄イオンが低下すると、菌は毒素を出し周りの組織を壊すことによりさらに鉄イオンを得ようとする。こうして局所で病変が広がり菌もそこで増殖する。毒素遺伝子はベータファージ上にあり、このファージが溶原化する事により毒素生産性のジフテリア菌になる。このようにファージの溶原化により或る性質が菌に付与される現象をファージ変換 (phage conversion )と云う。毒素に対する抗体が生体にあれば菌の周りの組織破壊がおさえられ、菌は鉄を十分得られないので増殖しない。トキソイドの予防効果はこの様な機構による(図19-2-1)。

図19-2-1

 

19-2-2: リステリア Listeria monocytogenes

 サイズが小さめのグラム陽性かん菌である。

 人畜共通伝染病で、人や動物に髄膜炎や敗血症を起こす。4度くらいの低温や6%食塩存在下で増殖するので、ナチュラルチーズや牛乳など食品を介した感染が起こる。カナダでキャベツサラダによる
41名の集団感染があり19名が死亡した例が報告されている  (1981) 。

 膣に定着し 、新生児に感染し、次いで髄膜炎や敗血症を起こすケースもある。

 Listeria monocytogenes は細胞内増殖をする。部位は肝が多い。細胞への感染は菌体表面の Adhesin が細胞のAdhesin receptor を認識することで始まる。次のステップの侵入には Streptococcus の M 蛋白にアミノ酸配列が似たリステリア菌の inlA(internalin)が必要とされる。次いで菌は LLO(Listeria Lysin O)を産生しphagocytic vesicleをこわす。すると菌はvesicleから逃げ出し細胞質に入る。actA遺伝子産物により actin tail(Actinが重合化したもの)を作りながら細胞の中を動き回る(重合アクチンにより前に押しやられるといった方がよいかも知れない。動く速さは結構速く、1.5μm/sec位である)。さらにはlecithinaseの作用で隣の細胞にも侵入し増殖を続ける。LL0、actA、plcBなどは一つの調節蛋白によりpositiveに調節されている(図19-2-2)。

 18-3-5で述べた様に菌が細胞内に侵入する機構には二つある。一 つはここに示したListeriaのようにAdhesin-Adhesin receptorのような分子間相互作用でジッパー機構で入るもの、もう一つはSalmonellaの様に菌が細胞につくとphagocytosisを誘導するものである。

図19-2-2

 

19−3: グラム陽性かん菌−胞子を作る菌

 大きく2群に分けられる。
 好気性菌:バチルス菌 Bacillus
 嫌気性菌:クロストリデウム菌 Clostridia

19-3-1: バチルス属 Bacillus

 バチルスには、枯草菌 B. subtilis のように DNA 組み換えでよく利用される菌、なっとう菌のように食品製造利用されるもの、その産生毒素が防虫に利用される B. thuringensis(BT剤)などがある。西アフリカの寄生虫症に、microfilariaが角膜、虹彩、網膜に侵入し失明させる(river blindness)オンコセルカがある。これは黒蝿Simuliumをベクターとするが、この蝿の幼虫駆除にBT剤が有効に使用され、オンコセルカのコントロールに成功した。

 医学的に重要なのは、炭疸菌 B. anthracis である。好気性で運動性はない。菌体の中央部分に胞子を作る。病原性には莢膜capsule と毒素が関与する。毒素はadenylate cyclase 活性を高める事により全身浮腫をおこす(コレラの項参照)。

 本来動物の病気で、Louis Pasteur が羊や山羊に弱毒菌を接種し、炭疸病を予防したという事件は有名である(微生物の狩人:ド・クライフ;岩波文庫)。稀に人に感染が起こる。皮膚の傷口に胞子が入ると、無痛性の腫脹が出来、やがて青黒い典型的な病変 (malignant pastule)となる。ペニシリンが有効である。処置しないと死の転機を取る。肺から吸入された場合には、次第に呼吸機能が困難になり、首、胸、縦隔の浮腫が始まると死に至る。汚染した羊毛を扱う職人に見られるので Woolsorter's disease と云う。胞子が環境中で残存し感染すると致死率が高いので生物兵器の候補となりえる。その生物兵器条約( CBW, Convention on Biological Weapon )の対象病原体の一つとなっている。1979年ソ連邦で生物兵器工場から大量の炭疸菌が放出され風下の住民に感染を起こしているし、2001年のニューヨークテロ直後、郵便物で炭疸菌がばらまかれ犠牲者を出している。

 食中毒の原因毒として B. cereus が注目されている。特にチャーハンによる食中毒はこの菌による事が多い。食後5-8時間で腹痛嘔吐大量の下痢便が出る。輸液など対症療法で十分であり抗生物質などの投与の必要はない。

 

19-3-2:胞子形成

 グラム陽性桿菌は好気性菌ではBacillus、嫌気性菌ではClostridiumが胞子を作る。胞子は乾燥、高熱に耐えるのでバイオハザードの上でも考慮しなければならない。最近の研究で、25億年前の塩の結晶の中からBacillus属の胞子が発芽し培養に成功したと云うのがある(Nature 407, 844-845, 2000)。

 窒素や炭素源がなくなると、中心から外れた処で細胞膜の陥入が起こる。小さくくびれた側(prespore)で、peptide glycanで出来た厚いcortexが凝縮したDNAを取り囲み胞子を作る。胞子の中のDNAは1コピーである。胞子内はCa++とdipicolinic acid 濃度が高い。栄養条件がよくなると(L-alanine,adenosine,inosineなどに反応し)、 Ca++、dipicolinic acidが胞子から流出しRNA合成が始まり、増殖を開始する。

 胞子形成と発芽(Germination)は菌の大規模な代謝の変化を伴う。Bacillus subtilis の場合増殖している時(vegetative phase)にはσ37が、胞子形成の時はσ29がσ因子として使われ、それぞれのσ因子に認識される遺伝子群が発現する訳である。どのような機構でσ因子のスイッチが起こるのかは大変面白い問題である。

図19-3-2

 ヒントは不等分割にある。つまり胞子形成に必要な物質がそれぞれの側の染色体から一定量転写翻訳されるとする。当然小さい側の方がその濃度が高くなる。必要な物質濃度に域値があれば体積が小さい側では有効濃度に達するが、大きい側では薄まって十分な濃度にならないということになる。

19-3-3: クロストリディア Clostridia

 この菌の仲間は、酸素存在下では生存出来ない。乾燥や熱に耐える胞子を作る。

19-3-3-1:ボツリヌス菌 Clostridium botulinum

<症例>イヤシ氏は珍しい食物の愛好家である。九州の土産に「からしれんこん」と称する真空パックのお土産を貰った。じつは、くれた方は九州でお土産を買うのを忘れ大阪駅で買ったのである。開けてみると実に妙な臭いがする。奥さんは捨てろと云ったがクサヤと云う臭い珍味もあるではないか、と言い、喰ってしまった。翌日になり、吐き気がし、夜になると物が二重に見え始めた。近くには高齢の医者しか居なかったが、他に医者も居ないので診て貰った。ボツリヌス中毒と診断され、直ちに病院に入院という事になった。入院した次の日には首を持ち上げられず、呼吸も困難となりレスピレーターを使用せざるを得ない状況になり、ついにどの筋肉も動かない状況となった。しかし、やがて快方に向い数カ月で完全に快復するに至った。

 イヤシ氏が食べ残した「からしれんこん」からボツリヌス菌の胞子が検出されB型のボツリヌス毒素の産生菌である事が分かった。また、同じく販売されていた「からしれんこん」を食べた36人が中毒になり、11人が死亡した。死亡の原因は誤診によるものが多かった。経験のある高齢の医師にまずかかった事をイヤシ氏は神に感謝したのである。

 ボツリヌス菌は人体内では殆ど増殖しない。従って、酸素の欠乏した真空パックの絶好条件下で胞子が発芽し毒素を出し、これを食べた事で中毒になった訳である。毒素は末梢神経の末端に作用し、presynaptic にアセチルコリンの放出を抑える。この為弛緩性まひが起こり、まず動眼筋が犯されるので2重視が初めに起こる。ボツリヌス中毒の診断は、症例が稀なだけに、誤る事が多い。坂口玄二によると、最初の診断名として次のようなものがあったと云う。即ち、脳血管損傷、脳底動脈血栓、急性内耳炎、急性ギラン・バレ症候群、急性ポリオ、重症筋無力症、未知毒物による急性中毒、食中毒、ポルフィリン症、連鎖球菌性咽頭炎、ウイルス性咽頭炎、小腸閉塞、冠状動脈血栓、神経筋鞘炎、高血圧症、仮性無栄養症、などである。中には、診断名として適当か疑わしいものもある。どうしてこんなに多様な診断名がついたのか考えてみよう 。

 抗毒素血清が有効であるが、まひが始まってからでは効かない。ボツリヌス毒素は熱に弱いので加熱調理すると防ぐ事が出来る。

 乳児の腸管で C. botulinum が増殖するケースがあり、死亡例は希であるが、毒素による脱力症状などの神経症状を来す。小児ボツリヌス症と云う。1歳以下の児にハチミツを食べさせたケースに多いという(なぜか考えてみること)。

19-3-3-2:破傷風菌 Clostridium tetani

 破傷風の原因である。動物や人の腸管、土壌中に胞子が常在するので、嫌気性条件をもたらすような外傷で容易に起こる。開発途上国では出産の際のへそのおからの感染による新生児破傷風が問題となっている。ワクチンにより完全に予防出来るので、WHO の拡大予防接種事業の対象の一つである。ジフテリア・百日咳・破傷風 (DPT) 混合ワクチンとして投与する。

 テタノスパスミンは典型的 AB 毒素である。局所から血流・運動神経を経て脳神経細胞に運ばれる。そこで inhibitory neurotransimitter の放出が抑えられ、運動神経の興奮と抑制のバランスが崩れ、けいれん性発作(まひ)が起こる。破傷風感染の可能性があれば、直ちに抗毒素血清を投与しなければならない。毒素が脳神経細胞に取り付き、けいれんが全身性に始まってからでは、助ける事は不可能である。

19-3-3-3:破傷風毒素とボトリヌス毒素の作用機序

 破傷風毒素、ボツリヌス毒素何れもA(active)領域とB(binding)領域からなる。両毒素のA領域アミノ酸配列には相同性があるが、B領域には相同性は無い。

 A領域は亜鉛を要求するエンドペプチダーゼ活性を持ち、ニューロンのsynaptic vesicleに存在するsynaptobrevinを切断する。つまり、A領域の作用機作は共通している。しかし、破傷風毒素は痙攣を起こし、ボツリヌス毒素は弛緩性麻痺を起こす。これは、B領域が決める細胞特異性が異なる為である。

 破傷風B領域は中枢神経に親和性があり、ボトリヌス毒素B領域は末梢神経に親和性を持つ。毒素が、それぞれの細胞に入ると、A領域が細胞のsynaptobrevinを切断する。synaptobrevinはneurotransmitterやinhibitory mediatorの放出に関与する物質である。結果として、破傷風毒素は、神経伝達抑制をするγ-amiobutyric acidの放出を抑え、痙攣性麻痺を起こし、ボトリヌス毒素は、acetyl choline の放出を抑え、弛緩性麻痺を起こす。

19-3-3-4:ガスえそ菌 Clostridium perfringens

 ガスえそ gas gangrene の原因菌である。戦争時の外傷の 2-3 割でこの菌の感染が見られたと云う。局所の酸素分圧が下がると増殖し毒素を出す。産生毒素の内、レシチナーゼは細胞膜を破壊し、筋肉のえ死を起こす。発酵によりガスを出すので皮下に溜る。え死部分の摘除、ペニシリン投与、可能なら高酸素分圧療法 hyperbalic chamber が有効である。抗毒素血清は殆ど無効である。
 食中毒の原因菌ともなる。食べてから12時間位で水様下痢、激烈な腹痛を起こす。死亡例は殆ど無い。エンテロトキシンによる。
 ベータトキシンを持つ菌株の感染はより重症で小腸の壊死を伴い、壊死性腸炎(Enteritis necroticans) を起こす。

 

19−4: マイコプラスマ

 1930 年代に非定型肺炎として記載された。たんが少ない肺炎で、急に発病するが症状は重くない。患者血清にはO型血球を4度で凝集し、37 度では凝集しない寒冷凝集素を含む。患者から分離されたのが Mycoplasma pneumoniae である。

 細胞壁を欠く。細胞膜にステロールが含まれていると云う特徴がある。従って細胞壁合成阻害剤ペニシリンなどは無効である。外膜が無いのでグラム陽性菌に近いと考えられる。

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