ヒントは不等分割にある。つまり胞子形成に必要な物質がそれぞれの側の染色体から一定量転写翻訳されるとする。当然小さい側の方がその濃度が高くなる。必要な物質濃度に域値があれば体積が小さい側では有効濃度に達するが、大きい側では薄まって十分な濃度にならないということになる。19-3-3:
クロストリディア Clostridia
この菌の仲間は、酸素存在下では生存出来ない。乾燥や熱に耐える胞子を作る。
19-3-3-1:ボツリヌス菌 Clostridium botulinum
<症例>イヤシ氏は珍しい食物の愛好家である。九州の土産に「からしれんこん」と称する真空パックのお土産を貰った。じつは、くれた方は九州でお土産を買うのを忘れ大阪駅で買ったのである。開けてみると実に妙な臭いがする。奥さんは捨てろと云ったがクサヤと云う臭い珍味もあるではないか、と言い、喰ってしまった。翌日になり、吐き気がし、夜になると物が二重に見え始めた。近くには高齢の医者しか居なかったが、他に医者も居ないので診て貰った。ボツリヌス中毒と診断され、直ちに病院に入院という事になった。入院した次の日には首を持ち上げられず、呼吸も困難となりレスピレーターを使用せざるを得ない状況になり、ついにどの筋肉も動かない状況となった。しかし、やがて快方に向い数カ月で完全に快復するに至った。
イヤシ氏が食べ残した「からしれんこん」からボツリヌス菌の胞子が検出されB型のボツリヌス毒素の産生菌である事が分かった。また、同じく販売されていた「からしれんこん」を食べた36人が中毒になり、11人が死亡した。死亡の原因は誤診によるものが多かった。経験のある高齢の医師にまずかかった事をイヤシ氏は神に感謝したのである。
ボツリヌス菌は人体内では殆ど増殖しない。従って、酸素の欠乏した真空パックの絶好条件下で胞子が発芽し毒素を出し、これを食べた事で中毒になった訳である。毒素は末梢神経の末端に作用し、presynaptic
にアセチルコリンの放出を抑える。この為弛緩性まひが起こり、まず動眼筋が犯されるので2重視が初めに起こる。ボツリヌス中毒の診断は、症例が稀なだけに、誤る事が多い。坂口玄二によると、最初の診断名として次のようなものがあったと云う。即ち、脳血管損傷、脳底動脈血栓、急性内耳炎、急性ギラン・バレ症候群、急性ポリオ、重症筋無力症、未知毒物による急性中毒、食中毒、ポルフィリン症、連鎖球菌性咽頭炎、ウイルス性咽頭炎、小腸閉塞、冠状動脈血栓、神経筋鞘炎、高血圧症、仮性無栄養症、などである。中には、診断名として適当か疑わしいものもある。どうしてこんなに多様な診断名がついたのか考えてみよう
。
抗毒素血清が有効であるが、まひが始まってからでは効かない。ボツリヌス毒素は熱に弱いので加熱調理すると防ぐ事が出来る。
乳児の腸管で C. botulinum
が増殖するケースがあり、死亡例は希であるが、毒素による脱力症状などの神経症状を来す。小児ボツリヌス症と云う。1歳以下の児にハチミツを食べさせたケースに多いという(なぜか考えてみること)。
19-3-3-2:破傷風菌 Clostridium tetani
破傷風の原因である。動物や人の腸管、土壌中に胞子が常在するので、嫌気性条件をもたらすような外傷で容易に起こる。開発途上国では出産の際のへそのおからの感染による新生児破傷風が問題となっている。ワクチンにより完全に予防出来るので、WHO
の拡大予防接種事業の対象の一つである。ジフテリア・百日咳・破傷風
(DPT) 混合ワクチンとして投与する。
テタノスパスミンは典型的 AB
毒素である。局所から血流・運動神経を経て脳神経細胞に運ばれる。そこで
inhibitory neurotransimitter
の放出が抑えられ、運動神経の興奮と抑制のバランスが崩れ、けいれん性発作(まひ)が起こる。破傷風感染の可能性があれば、直ちに抗毒素血清を投与しなければならない。毒素が脳神経細胞に取り付き、けいれんが全身性に始まってからでは、助ける事は不可能である。
19-3-3-3:破傷風毒素とボトリヌス毒素の作用機序
破傷風毒素、ボツリヌス毒素何れもA(active)領域とB(binding)領域からなる。両毒素のA領域アミノ酸配列には相同性があるが、B領域には相同性は無い。
A領域は亜鉛を要求するエンドペプチダーゼ活性を持ち、ニューロンのsynaptic
vesicleに存在するsynaptobrevinを切断する。つまり、A領域の作用機作は共通している。しかし、破傷風毒素は痙攣を起こし、ボツリヌス毒素は弛緩性麻痺を起こす。これは、B領域が決める細胞特異性が異なる為である。
破傷風B領域は中枢神経に親和性があり、ボトリヌス毒素B領域は末梢神経に親和性を持つ。毒素が、それぞれの細胞に入ると、A領域が細胞のsynaptobrevinを切断する。synaptobrevinはneurotransmitterやinhibitory
mediatorの放出に関与する物質である。結果として、破傷風毒素は、神経伝達抑制をするγ-amiobutyric
acidの放出を抑え、痙攣性麻痺を起こし、ボトリヌス毒素は、acetyl
choline の放出を抑え、弛緩性麻痺を起こす。
19-3-3-4:ガスえそ菌 Clostridium perfringens
ガスえそ gas gangrene の原因菌である。戦争時の外傷の 2-3
割でこの菌の感染が見られたと云う。局所の酸素分圧が下がると増殖し毒素を出す。産生毒素の内、レシチナーゼは細胞膜を破壊し、筋肉のえ死を起こす。発酵によりガスを出すので皮下に溜る。え死部分の摘除、ペニシリン投与、可能なら高酸素分圧療法
hyperbalic chamber が有効である。抗毒素血清は殆ど無効である。
食中毒の原因菌ともなる。食べてから12時間位で水様下痢、激烈な腹痛を起こす。死亡例は殆ど無い。エンテロトキシンによる。
ベータトキシンを持つ菌株の感染はより重症で小腸の壊死を伴い、壊死性腸炎(Enteritis
necroticans) を起こす。
19−4: マイコプラスマ
1930
年代に非定型肺炎として記載された。たんが少ない肺炎で、急に発病するが症状は重くない。患者血清にはO型血球を4度で凝集し、37
度では凝集しない寒冷凝集素を含む。患者から分離されたのが
Mycoplasma pneumoniae である。
細胞壁を欠く。細胞膜にステロールが含まれていると云う特徴がある。従って細胞壁合成阻害剤ペニシリンなどは無効である。外膜が無いのでグラム陽性菌に近いと考えられる。