第17章 感染症に関する問題点

 わが国では経済状況と公衆衛生の向上により、多くの古典的伝染病が減った。医療技術の目覚しい進歩により、従来不可能だった手術、薬物治療が可能となった。この事は、臨床細菌の現場を大きく変える事となる。免疫力の低下した患者が増加し、従来病原細菌と認識されなかった細菌が、後から後から、臨床の場に問題となって現れる。

 一方、伝染病の脅威は去ったと云う認識から、これらの伝染病が目前にあっても考えが及ばず、治る患者を殺してしまう悲劇が出てくる。日本ではジフテリアによる死亡は長く無かったが、数年前ジフテリアによる死亡が報告された。熊本名産からしれんこんによるボツリヌス中毒でも診断が出来ず犠牲者が出ている。病理解剖時に結核と診断されたケースで、生前に結核の診断がなされていない割合が現在7〜8割と云う統計がある。

 わが国でかつて猛威をふるった伝染病は世界から無くなった訳ではない。飛行機で数時間の所には、それらが日常存在し、人命を奪っている。その認識がわが国の一般庶民にない。米国では特に海外での感染を対象にした特別外来診療科を持っている位である。更に、世界各国で、外国人医療の問題が出ている。多くの外国人労働者は社会保障において恵まれず医療の網目から抜けていく。結核患者を見ると、どの国でも、外国人のほうが数倍頻度が高い。

 公衆衛生状況が向上し、それを反映して感染症の脅威を忘れ、新聞テレビなどが感染症への対策よりもワクチン副作用の方を大問題にしている。副作用を少なくする努力は必要であるが、ワクチンそのものを否定する世論形成は有害である。

 ワクチン接種率が低下した為、消えた筈の感染症の再来が問題になり始めている。米国でも百日咳流行がじわじわと増加している。わが国では、平成5年、10年近くゼロであったポリオの野生株が分離されたが、患者は生ワクチンを1度しか投与されていなかった。集団接種による感染に対する集団防衛の考え方を如何に浸透させるかは、大きな課題である。

 1999年4月から明治以来の伝染病予防法、性病予防法、等々に代わり、いわゆる「感染症新法」が施行された。従来の伝染病対策での問題点、特に、らい病、エイズ患者の人権問題の反省に基づき、患者人権擁護が色濃く出ている法律である。この法律の下で、感染症予防対策がどうなるのか、問題が解決するのか、より難しい問題が出てくるのか、経過をよく見守る必要がある。

 

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