第15章 ウイルスと病気

 人を含め多くのウイルスがヒトや動物に感染する。あるものはDNAを、あるものはRNAをウイルスゲノムとする。

 DNAウイルスは、細胞のDNA合成に関わる酵素を利用しゲノムを複製するので、ボックスウイルスのような自分自身のDNA合成酵素を持つもの以外は、核の中で増殖する。又、遺伝子発現調節は転写開始の制御により行われる。

 RNAウイルスにおいては、プラス鎖、マイナス鎖、2重鎖に関わらず、RNA合成酵素はウイルスRNAを鋳型として細胞質で作られ、且つ、機能する。従って、RNAウイルスは原則として細胞質で増殖する。

15−1:DNAウイルス

 環状DNAをゲノムとするものと直鎖状DNAをゲノムとするものがある。

15-1-1:環状DNAをゲノムとするウイルス

 これには、1本鎖のものと2本鎖のものがある。

 1本鎖環状DNAウイルスは、細菌を宿主とするファージに見られる。動物を宿主とするものとしては、最近肝炎に関係して発見されたTTV(Circoviridae に属する)がある。

 

15-1-1-1:環状1本鎖DNAを持つウイルス

 φX174ファージは20面体ウイルス粒子構造を持つ大腸菌を宿主とするウイルスである。5kb程度の小さいゲノムである。ゲノムの一部では、MS2のlysis遺伝子のように、2つの遺伝子がフレームを変えて読まれており、短いスペースでより沢山の情報をコードするようになっている(図15-1-1-1)。

 一方、fdやM13ファージは線状粒子構造を持つ。長いDNAを包み込む事が出来るのでクローニングベクターとしても使用出来る。しかも、片方の鎖のみがウイルスDNAとして増幅されるので、塩基配列を決めたりするのに都合がよい。又、クローンした 遺伝子に変異を入れるdirected mutagenesisなど遺伝子工学で良く使用される。

 

図15-1-1-1
15-1-1-2:環状2本鎖DNAを持つウイルス

 2本鎖環状DNAをゲノムとするウイルスの代表としてはサルのSV40、マウスのポリオーマウイルス、ヒトやウシのパピローマウイルスがある。いずれも腫瘍ウイルスの仲間である。ウイルス粒子は正20面体である。エンベロープを持たない。細胞に侵入するとウイルスDNAは核に移行しヒストンと結合し染色体DNAと同様の構造を取る。この為、細胞DNAの遺伝子発現モデルとして長く研究の対象にされてきた。大腸菌のDNAと同じようにOriから両方向へ複製が進行する。転写のプロモーターもOriと同じ処に位置し、片方は初期遺伝子でT抗原を、他方は後期遺伝子でウイルス構造蛋白をコードする(図15-1-1-2)。

 腫瘍形成に与るのはT抗原である。T抗原は細胞のDNA合成を刺激する。このウイルスのDNA合成は宿主のDNA合成機構を利用しているので、T抗原による宿主DNA合成活性化はウイルスDNA合成に重要な意味をもつ。一方、癌化には癌細胞の増殖が必須であるからT抗原のDNA合成の誘導は癌化の上で重要な役割となる。T抗原は細胞の癌抑制遺伝子p53や Rb (retinoblastomaで欠損)蛋白と直接間接に相互作用し癌化に関わる事も明らかになっている。

 面白い事に、SV40は自然宿主であるサルでは癌を誘導せず、ハムスターなど非自然宿主で癌を作る。非自然宿主では後期遺伝子の発現が無く細胞は死なない為、初期遺伝子の影響のみが現れる為と考えられる。非自然宿主では後期遺伝子発現に必要な何かが欠けているのである。

 パピローマウイルスには面白い現象がある。皮膚深部の非分化細胞では粒子形成が無いが、感染細胞が分化し表皮細胞となって表面に出てくるとウイルス粒子が出来るようになる。この場合は、細胞分化に伴い発現する何等かの細胞因子が粒子形成に関わる遺伝子発現に関わっていると考えられる。

 ヒトパピローマウイルス(HPV)には種々の型が知られているが、16、18型などは特に子宮頸癌の原因と考えられている。性器のイボやコンジローマ(癌ではない)は6、11型、手の皮膚に出来るイボは1、2、3型と云うように病型とウイルス型に対応が見られる。ウイルス遺伝子のどこかにこの様なパターンを決める場所がある筈である。

図15-1-1-2

15-1-2:直鎖状DNAをゲノムとするウイルス

 直鎖状DNAをゲノムとするウイルスにも1本鎖DNAのものと2本鎖DNAのものとがある。T4ファージの項で述べたように、このタイプのゲノムでは、DNA合成が常にRNAプライマーを必要とする事から、末端が複製の度に岡崎断片のサイズ分欠損する事になる。これを防ぐ為、ウイルスゲノムの両端は何等かの特別な構造をとっている。

15-1-2-1:直鎖状1本鎖

 直鎖状1本鎖DNAをゲノムとするウイルスとしては、パルボウイルスがある。DNAの末端はY型の2次構造を取り、自分自身の分子を鋳型として複製が始まる(図15-1-2-1)。パルボウイルスには、単独で増殖可能なものと、adeno associated virus(AAV)の様にAdenovirus、Herpesvirusなど他のウイルスの助けがないと増殖出来ないものがある。細胞をUV照射、Cycloheximide処理等してもAAVのreplicationを可能に出来ることから、細胞の遺伝子発現のmodificationが「助け」の本態とみられる。AAVは、単独で複製出来ない性質が利用され、遺伝子導入ベクターとして開発されている。B19は単独で増殖可能なパルボウイルスである。赤血球系の細胞に感染しヒトに一時的な再生不良性溶血、感染性紅斑、或いは多発性関節痛などの症状を来す。

図15-1-2-1

15-1-2-2:直鎖状2本鎖DNAをゲノムとするウイルス

 既に述べた大腸菌のT4ファージなどはこの仲間である。

 人に感染する直鎖状2本鎖DNAウイルスとしては、アデノウイルス、ヘルペスウイルス、ポックスウイルスがある。それぞれ2×10(36Kb)、9×10、120×10ダルトンのDNAをゲノムとする。

 アデノウイルスは、ヒトに風邪様症状や結膜炎などを起こし、正常人の扁桃腺からも分離される。中には、非自然宿主のラットやハムスターに接種すると癌を作りやすい型がある。発癌には初期遺伝子のE1A、E1Bが関与する。

 ウイルス粒子は20面体でエンベロープを持たない。各DNA鎖5'末端に55kDのウイルス蛋白が付いているのが特徴で、この蛋白は複製開始に必須である。複製のモデルを図15-1-2-2-(1)に示す。

 初期遺伝子は、他のウイルス遺伝子の発現に必須な遺伝子であるが、transに供給しても機能する。
従って、例えば、E1A、E1Bを発現する細胞であればこの遺伝子を欠くウイルスも複製可能である。293はこのような細胞で、E1領域に種々の遺伝子を組み込んだアデノウイルスを増殖させることが出来る。この細胞で増殖したウイルスはE1を発現しない普通の細胞では増殖しないので、遺伝子導入ベクターとして使用出来る。E1領域に遺伝子を組み込んだ沢山の遺伝子導入ベクターが作られているがウイルス粒子を作るためのカプシド遺伝子はそのままなので、ウイルス抗原に対する免疫反応が出る。又、複製可能な組替え体の出現など問題がある。

図15-1-2-2-(1)

 ヘルペスウイルスには、単純ヘルペスウイルス(HSV)、水痘(varicella zoster virus、VZV)、サイトメガロウイルス(CMV)、EBウイルス(Human herpes virus4)などが含まれる。ウイルス粒子はエンベロープに包まれている。ゲノムの特徴は、L及びSの二つの領域が、それぞれ逆向き点対照の繰り返し配列を持っている点である。

 HSVやVZVは神経の末梢に感染し、逆行性に軸策を伝わって神経節細胞に感染する。潜伏感染を起こすのが一つの特徴で、生体防衛機能が衰えると活性化し症状を起こすにいたる。潜伏感染状態では、ウイルスゲノムは宿主細胞に組み込まれるのではなく、環状DNAとして染色体外に存在すると考えられている。HSVの急性感染では、ウイルスのVp-16が発現し、これが引き金となってウイルス遺伝子(α、β、γ)の転写が活性化される。一方潜伏感染ではVp-16が発現せず、ウイルス蛋白も作られず、ただlatency associated transcripts (LAT) の転写が定常的に持続する。外界の影響で転写が増加すると、α遺伝子産物であるICPO(intracellular protein(O))が作られ、急性感染に移行する(図15-1-2-2-(2))。

 HSVはいわゆるヘルペスの原因で性器ヘルペスは性感染(STD)の中で重要な疾患である。VZVは水ほうそうを起こす。弱毒生ワクチンが予防に使用されている。サイトメガロウイルスは、臓器移植などで免疫抑制剤の使用により再活性化し重症化させる。EBウイルスは、伝染性単核球症、バーキットリンパ腫、などの原因となる。

 ヘルペスウイルスにはAcyclovirが有効である。AcyclovirはDNA合成酵素を阻害するが、thymidine Kinase(tk) により燐酸化されてAcyclovir monophosphate、さらに細胞のキナーゼにより燐酸化されAcyclovir triphosphate にならないと阻害効果を発揮出来ない。ヘルペスウイルスは人の細胞が持っているtk よりもはるかに効率よくAcyclovirを燐酸化しAcyclovir monophosphate にする酵素を持っているので特異的にウイルスのDNA合成が抑えられることになる。ヘルペスウイルスの仲間でもEBウイルスや水痘ウイルスはAcyclovirへの感受性がやや弱い。サイトメガロウイルスは自分自身のtk遺伝子を持たないので殆ど効かない(図15-1-2-2-(3))。

図15-1-2-2-(2)

図15-1-2-2-(3)

 ボックスウイルスとしては天然痘があるが、撲滅された。しかし、最近生物兵器にからみ、再び問題が提起されている。特に、1999年に至り、ソビエト連邦の崩壊で、保存されていた天然痘ウイルスの行方が一部分からなくなっていると云う情報があり、緊張感が高まっている。

 現在医学領域でワクチン開発の手段としてワクシニアウイルスが注目されている。種々の抗原、例えば、エイズ、狂犬病、肝炎等の抗原、を発現させ組替え生ワクチンとして開発する研究が行われている。狂犬病ウイルス組替えワクチンは、ヨーロッパで空中散布が行われ、狼や狐の狂犬病コントロールに成果を上げている。試験管内で組替え体を作成するには、ウイルスDNAのサイズが大きすぎるので、細胞内での相同組替えを利用し作成する。ボックスウイルスは自分自身のDNAを複製する酵素を持っており、細胞質で増殖する。DNAの両端は共有結合で繋がりループになっており、DNA合成開始点となる。

15−2:RNAウイルス

 RNAをゲノムとするウイルスは、粒子内RNAから次の3群に分けられる。

 (1)mRNAと同じ極性を持つプラス鎖RNAウイルス、
 (2)mRNAと相補的な極性を持つマイナス鎖RNAウイルス、
 (3)二重鎖RNAウイルス

 又、真核細胞では原則として一つのmRNAから一つの蛋白しか翻訳されない、と云う問題を解決する為の機構として、3つに分けられる。

(1)一つのmRNAから巨大な前駆体蛋白が出来、これがプロテアーゼで切断されるもの、

(2)ウイルスゲノムがそれぞれの蛋白をコードする分節RNAからなっているもの、

(3)ウイルスゲノムの一部が転写され(subgenomic RNA)、それぞれの mRNA がそれぞれ一つの蛋白をコードするもの、

 但し、Togavirusのように(1)+(3)のように両方の機構を利用するものもある。

 ゲノムがRNAなので、遺伝子発現調節は、主に翻訳、蛋白のprocessing、幾つかのsubgenomic RNAの量比、RNAの二次構造の変化などで行われる。

 遺伝子の複製は、必ず、(1)感染後、ウイルス粒子中のRNAと相補的な極性を持つRNAが読まれ、(2)それを鋳型としてウイルス粒子に取り込まれるRNAが出来る。

 ウイルス蛋白は+鎖RNAウイルスならゲノムRNAから、ー鎖RNAウイルスなら相補的+鎖RNAを鋳型として翻訳される。ウイルス蛋白には、粒子を作る構造蛋白とポリメラーゼのような非構造蛋白がある。ウイルス粒子は構造蛋白とRNAは会合により形成される。ウイルスゲノムRNAにはウイルス蛋白に包み込まれるのに必要な特定の塩基配列があり、これをencapsidation signalと云う。

15-2-1:プラス鎖RNAウイルス

15-2-1-1:RNAから1つの蛋白前駆体が出来るウイルス

 RNAから巨大な前駆蛋白が出来て、それがウイルスのコードするプロテアーゼにより切断(processing)され、成熟蛋白となる。エンベロープを持たないpicornavirus、エンベロープを持つflavivirusが代表である。

 ピコルナウイルス(picornavirus)

 小児まひの原因であるポリオウイルスがその代表である。エンテロウイルスの仲間であり、腸管感染を起こす。10日位の潜伏期を置いて発熱倦怠感などの不特定症状の後急性弛緩性まひが現れる。ウイルスの便中への排出は発病から2週間迄が最大である。弛緩性麻痺はギランバレ症候群など他の原因でも起こるので、適切な便検体をとりウイルス分離をして診断しなければならない。ヒトにしか感染しない為、天然痘同様ワクチンによる根絶が可能である。WHOはこれを強く推進し、わが国は西太平洋地区での活動に大きく貢献した。1988年には世界で3.5万人の患者が出ていたのを1994年には7千人にまで減らす事に成功している。ECHOウイルス、コクサッキーウイルス、2000-2001年に英国を中心に家畜に大被害を与えた foot and mouth disease virus もこの仲間である。ポリオ同様神経症状を来す株もある。

 遺伝子構造を見ると、5'側に構造遺伝子、3'側にRNAポリメラーゼやproteaseなどの非構造遺伝子がある。5'非コード領域は細胞のmRNAに比較し異常に長く600-1200塩基もある。

 翻訳は、5'端より内側に入った処にあるIRES(internal ribosomal entry site)から開始する。RNAの5'端にはCapの代わりにVPgというウイルスのコードする蛋白がついている。(2重鎖DNAウイルスのB型肝炎ウイルスやアデノウイルスの末端にも蛋白が結合している。B型肝炎ウイルスの場合には蛋白はDNAの環状化に与る。)

 前駆体蛋白は翻訳されながらウイルスproteaseで切られ成熟蛋白となる。しかし、ただ切られたのでは、全部の蛋白は同じモル数になってしまう。実際は構造蛋白などはより大量の分子を必要とする。ポリメラーゼ蛋白などは不安定性で、蛋白の安定性がこの調節に関わると考えられる(図15-2-1-1)。

図15-2-1-1

 picoravirusではないがこのウイルスに似たウイルスとしては、A型肝炎ウイルス、E型肝炎ウイルスなどがある。腸管感染をするので胃を通過しなければならず、この為いずれも酸に強い。風邪をおこすrhinovirusはpicoravirusに入るが、気道の感染であることから酸に強い性質を持たない。

 フラビウイルス(flavivirus)

 構造遺伝子が5'側にある点では、picoravirus に良く似ているが、ウイルス粒子はエンベロープを被っている。黄熱、デング熱、日本脳炎、1999年頃から米国で流行し問題となっているウエストナイルウイルスなどがある。この仲間にヒトのC型肝炎ウイルスがいる。flavivirus の5'非コード領域は100塩基くらいだが、HCVの方は350もあり、IRES を利用し本翻訳が開始する点は寧ろ picoravirus に似ている。日本のHCV感染者は人口の1ー2%で、慢性肝炎を経て、肝臓がんに至る。インターフェロンが一部の患者に有効で、有効性は感染しているウイルスの遺伝子型で可成り左右される(図15-2-1-1)。

 

15-2-1-2:相補RNA(-RNA)を鋳型とし subgenomicなmRNAが転写されるウイルス群。

 +の極性を持つ1本鎖RNAウイルスで、エンベロープを被っているトガウイルス、コロナウイルス、エンベロープを持たない植物ウイルスのタバコモザイクウイルスがこの群にはいる。

 トガウイルス

 Togavirus科には、Semliki forest virus、西部馬脳炎ウイルス(以上 alphavirus属で昆虫が媒介する)、風疹、などがある。風疹はヒトで流産や奇形の原因となる。生ワクチンが予防に有効である。これ等の alphavirusは12kb位のゲノムサイズである。
 picornavirusなどとは異なり、非構造遺伝子が5'側に、構造遺伝子が3'側にある。ゲノムサイズのRNAからはポリメラーゼなどの非構造蛋白が読まれ、右半分の subgenomic RNA からは構造蛋白が読まれる。いずれも前駆体蛋白をコードしてプロテアーゼで切断され成熟蛋白となる(図15-2-1-2上)。

 これにやや似ているのが、coronavirusである。ヒトの「かぜ」にもこの仲間のウイルスによるものがある。ゲノムサイズのRNAに加え、subgenomic RNAが出来る。subgenomic RNAそれぞれは単一の蛋白をコードしそれ以上の processingは起こらない。各 subgenomic RNA は5'端を共有する。遺伝子の配列は非構造遺伝子、構造遺伝子入り交じって位置する(図15-2-1-2下)。

図15-2-1-2

 中国広東省にはじまり、2003年前半世界に広がった重症急性呼吸器症候群(SARS)の原因ウイルス、SARSコロナウイルスもこの仲間である。
 植物ウイルスであるたばこモザイクウイルスはゲノム構造からは、この仲間に入る。しかし、エンベロープは持たない。 subgenomic RNA から全部で5つの蛋白を作る。

15-2-2:マイナス鎖RNAウイルス

 ウイルスゲノムが分節しているものと分節していないものに分けられる。分節しているものの代表がインフルエンザウイルス(Orthomyxovirus)である。狂犬病ウイルス(Rhabdovirus)、麻疹ウイルス(Paramyxovirus)、Ebola熱(filovirus)、などは分節していない。これらのウイルスはいずれもエンベロープを被っている。感染後まず必要な蛋白をコードする+鎖RNAを作るためにウイルス粒子の中にはRNAポリメラーゼが存在する。

15-2-2-1:インフルエンザウイルス

 インフルエンザを起こすウイルスで、A、B、Cの3型に分けられる。A型はヒトの他哺乳類や鳥類に感染し、殆どの流行はこの型による。Bはヒトにしか感染しないと考えられている。Cはヒトの他ブタも感染するという。分節ウイルスであるので、異なったウイルスが一つの細胞に感染し増殖するとゲノムの 再配分(reassortment)が起こり、抗原シフト(antigenic shift)が起こる。一つの遺伝子がそっくり置き換わるので抗原性などの変化が大きい。これに対し、一つの株が感染を繰り返し、その過程で点変異により抗原性が変化するのを抗原ドリフト(antigenic drift)と云う。

 ウイルスエンベロープにあるHA(血液凝集素)が細胞表面のシアル酸に付くと、HAー1、HAー2、に切断され、ウイルス粒子表面と細胞膜との融合が起こる。これで感染が開始する。ウイルス中和抗体は主にこの蛋白を標的とする。

 ウイルス表面にはHAが発現しているので細胞表面で作られた成熟したウイルス粒子も細胞表面のシアル酸とくっつき細胞から離れない筈である。そこで、ウイルス粒子が細胞からはなれ放出される為にNA(ノイラミニダーゼ)がある。NAはシアル酸を外す作用があり、細胞からのウイルスの放出に大きな働きをする。ウイルスが細胞に感染すると、ゲノムは nucleocapsid(ウイルス粒子中のポリメラーゼPA、PB1、PB2と結合)のかたちで核に移行し、そこでcapを持つ細胞mRNAの10-15ヌクレオチドをプライマーとしウイルスmRNAの転写が起こる(図15-2-2-1)。ゲノムRNAはこうして出来た+鎖RNAを鋳型として作られる。mRNA、ゲノムRNAは細胞質に移行し、mRNAはウイルス蛋白を作り、ゲノムRNAを取り込んでウイルス粒子となる。−鎖RNAのみが、1セットどうやってうまくウイルス粒子に取り込まれるのか、詳細は不明である。

図15-2-2-1

15-2-2-2:アレナウイルスとブンヤウイルス

 Arenavirus及びBunyavirusいずれも分節しており、分節の中に ambisense(以下参照)の構造をとっているものがある点で共通している。

 Arenavirus:LCM(lymphocyte choriomeningitis virus)、Lassa熱virusがこの仲間である。Lassa熱ウイルスは1969年ナイジェリアのラッサで出現した致死性の高い出欠熱ウイルスで後術のエボラウイルス同様病気感染として多数の死者を出した。

 分節ゲノムであり、L(large)とS(small)の二つのsegmentからなる。
 LはRNAポリメラーゼ(L protein)とZ蛋白をコードする。S分節は、ヌクレオカプシド(N protein)とエンベロープ蛋白であるGP1、GP2をコードする。

 S分節の3'側は本当の−極性であるが、5'側は翻訳産物から見ると+の極性を持つ。一つのRNAが+ ,−両方の極性を持つのでこのようなRNAをambisense RNAと云う。

 S分節からは、3'半分に相当するN蛋白の翻訳鋳型となるpolyAのついた+鎖RNAと、全長に相補的なRNAが読まれる。後者からは、ゲノムRNAの5'半分に相補的なGP1、GP2の鋳型となるmRNAが転写される。即ち、ambisense RNAと云ってもそれ自身がmRNAとして機能する訳ではない(図15-2-2-2)。

 Bunyavirus:多くはげっ歯動物に潜伏感染し、偶発的にヒトに感染し致命的となる。1993年の米国アリゾナのFour Corners(ナバホ居住地)で野ネズミの大繁殖をきっかけに広がったSin nombre hantavirusは有名である。
腎出血熱を起こすHantaanvirusは、わが国でも動物実験施設でのヒトへの感染を起こした。Rift Valley feverなどと共に、実験にはレベル3の物理的封じ込めが要求されている。L、M、S、の3つの分節からなる。各分節の両端は相補的で環状構造を取り得る塩基配列をしている。LはRNAポリメラーゼを、Sは ambisense構造を持ちヌクレオカプシドを、MはG1、G2、のエンベロープ糖蛋白をコードする。

 
15-2-2-3:ラブドウイルス

 Rhabdovirusの代表として、狂犬病ウイルス、ウシに病気を起こすvesicular stomatitis virusがある。ウイルス粒子は鉄砲玉の形をしている。mRNAの転写はゲノムRNAの3'端から開始し、l(leader)、N、NS、M、G、L、それぞれをコードするmRNAを作る。各mRNAの5'端はcapされ3'末にはpolyAが付いている。mRNA量は右に行くに従い少なくなる。Nはヌクレオカプシド、Gはエンベロープ糖蛋白である。L、NS、はNと一緒にポリメラーゼ複合体を作り、ウイルスゲノムの転写複製をする。ウイルスRNAは完全長の+鎖RNAから転写される。

 全長の+鎖RNA合成には、N、NS蛋白が必要である。

図15-2-2-3

15-2-2-4:パラミクソウイルス

 Paramyxovirusには、 NDV(Newcastle Disease Virus)、おたふく風邪(mumps)、麻疹(measles)、脳炎を起こすニパウイルス(Nipahvirus)などがある。Rhabdovirus とは別のウイルス群であるが、遺伝子構造は良く似ている。3'端から
l (leader)-NP-P-M-F-HN-Lとなっており、NP、Pはヌクレオカプシド、Mはウイルスmembrane蛋白、F(fusion) と HN(hemagglutinin、neuraminidase)はウイルス表面糖蛋白で、Rhabdovirus にそっくりである。又、それぞれに対しcapとpolyAを持ったRNAが出来る点も同じである。
 パラインフルエンザウイルスにはRNA Editingが見られる。

 真核細胞では、RNAが転写後、DNAの塩基配列とは対応しない配列になる機構としてスプライスとRNA Editing がある。スプライスでは一次転写RNAの一部(intron)が切り出され、exonからなるより短いRNAが出来る。

 

 RNA Editing
 RNA Editingでは、特定の塩基が変異したり、塩基が挿入されたりする。特定の塩基が変異する例としては、Apolipoprotein B遺伝子がある。これは、この遺伝子の2153番目のCがUに変わるもので、この変異により停止コドンが出来、Editされる前のmRNAよりコードされる蛋白に比べ半分のサイズの蛋白が出来る。CがUに変異するのはdeaminationによる。2153番目という特定のC塩基が変異するのは、deaminaseがこのmRNAの中の特定の二次構造を認識し、このCのみをdeaminationする為であると推定されている。

 もう一つのEditingとしては、原虫のTripanosoma brucei のcoXII遺伝子に見られるように、4つのUが適当に挿入されて始めて読み取り枠(reading frame)が完成し蛋白をコード出来るようになる場合がある。パラインフルエンザウイルスなどで見られるU塩基が一次転写RNAに挿入される現象はこれに似ている。どのような機構で適切な場所にUが挿入されるようになるのかよく分かっていない。但し、同じ原虫のcyB遺伝子では、Editする部位に相補的なguide RNAがあり、これを鋳型として一次転写mRNAに欠けた塩基(多くはU塩基)を挿入して行く事が分かっている。guide RNAはcyB遺伝子とは別の転写ユニットを形成している。

 

図15-2-2-4

15-2-2-5:フィロウイルス

 EbolaウイルスやMarburgウイルスがFilovirusの代表で、自然宿主は分かっていない。ヒトに感染すると(汚染注射器など密接な接触による)、肺、肝、消化器から出血し、死に至る。名前通り紐様のウイルス粒子である。レベル4の施設で取り扱われる。
 Lassa熱(アレナウイルス)も含め、Ebolaウイルスなど従来知られていなかったウイルスの、しかも激症の感染がアフリカなどで発生し、世界に広がる危険性が出ている。レトロウイルスのエイズもその仲間と云える。これは、開発が進みその様な地域の病原体に暴露されていなかった人々が接触の機会を持つようになった為と考えられる。抵抗性のない人口が病原体に暴露され始めたと云う事である。一方、劇症溶血性連鎖球菌とかジフテリアとか忘れられた感染症の再燃がある。これは、(1)余りにも病原体の制圧に成功したかに見える為、社会が集団防衛としてのワクチンを否定したり、(2)あるいはその感染が一時的に制圧され病原体に暴露された事のない人口が増えた為と考えられる。又、(3)世界の民族紛争は人口の移動をもたらし、経験のない病原体との遭遇となり、結果、病原体と集団のあいだの力のバランスが崩れた事も原因と考えられる。(4)Ebolaウイルスなどは開発によりそれ迄動物の中で流行を繰り返していたウイルスが人に感染する機会が出来、重症な病気を起こしたと考えられている。地球の温暖化による熱帯感染症の北上も大きな問題になっている。このような状況に対応し、WHOでは、emerging infectious diseases(新興・再興感染症)のサベイランスなどの事業を提唱している。

15-2-3:2重鎖RNAウイルス

 ウイルスにより異なるが10-12に分節しており、各分節が1つの蛋白をコードする。RNAの転写は conservative である(図15-2-3)。

 Reovirus、Rotavirusが代表である。Rotavirus は小児の下痢を起こす。感染細胞を cycloheximide処理し蛋白合成を抑えると、4つのsegmentからのみmRNAが転写され他のsegmentからは転写がない。つまり、ウイルスのコードする蛋白が他のsegmentからの転写をコントロールしている事が分かる。また、各segmentから出来る蛋白量も大きく異なり、翻訳レベルでの調節のある事が推定される。

図15-2-3

 

15-2-4:ViroidとHDV

 環状1本鎖RNAで、300ntd程度のサイズであり、それ単独で複製出来(ヘルパーを必要としない)、感染性を持つ。RNAは桿状の2次構造を取る。カプシド蛋白を欠き、ウイルス粒子を作らない。蛋白もコードしない。植物に病気を起こすものはよく知られているが(potato spindle tuber viroid、apple scar skin viroidなど)、動物にも同様なものがあるかは不明である。

 劇症肝炎を起こすデルタ肝炎ウイルス(HDV)は構造が、viroidに非常に似ている。但し、ウイルス複製に必要な蛋白(delta抗原)をコードしている点が異なる。B型肝炎ウイルスのエンベロープに包まれて初めて感染ウイルス粒子となる。
 複製、病原性については分からない処が多い。

(1)viroidのRNAを鋳型として相補RNA合成をする宿主の酵素は何か、又その酵素を誘導するシグナルは如何なる性質のものか?

(2)viroidの複製の分子機構は何か?非感染細胞でも機能しているものを利用するのか?

(3)viroidによる病原性はどうしてもたらされるのか?viroid RNAと宿主の何かとの相互作用による筈である。(viroidのRNAは核や核小体に蓄積する)。

(4)viroidの宿主域を決めるものは何か?

(5)viroidの起源は何か?

 viroidはrolling circle mechanismで複製し、自己切断により線状のRNAユニットが出来、植物細胞のRNAリガーゼで環状になると考えられている。又、DNA依存RNAポリメラーゼIIの関与が示唆されている。

 リボザイム(ribozyme)
 酵素活性を持つものは蛋白質である、と一般に思われて来た。しかし、近年、RNAに酵素活性がある事が分かった。次のような例がある。

  1. 大腸菌のtRNAは一次転写RNAが適切な場所で切断される事により、最終産物となるが、この切断はRNasePが行う。RNasePは蛋白とRNAの複合体であるが、切断活性はRNAにある。
  2. ウイロイドは単鎖の環状RNAである。ウイロイドのゲノムは、ウイロイドゲノムがタンデムに並んだ長いRNAから切り出される事で得られる。この切り出しは、ウイロイドRNAゲノム上の特定の折り畳まれ方をする部位の酵素反応による。
  3. テトラヒメナと云う原生動物のrRNAのintronの切り出しは、rRNAの一部が特別な折り畳まれ方をし、RNAを切断・接続する活性を持つ事による。

 2と3では、酵素活性を持つ部位とその基質は同じRNA分子上にある。このようなRNAの酵素活性は遺伝子進化に大きな役割を果たしたのではないか、と考えられている。

15-3:レトロウイルス(Retrovirus)と
            ヘパドナウイルス(Hepadnavirus)

 このウイルス群の特徴は、ゲノムの複製過程においてRNAからDNAへの転写(逆転写)の起こる点にある。Retrovirus と Hepadnavirusの違いは、大雑把に云うと、前者ではウイルス粒子内ゲノムがRNAであるのに対し(図15-3-1)、後者ではこれがDNAである事である(図15-3-2)。

図15-3-1

図15-3-2

 

 

15-3-1:レトロウイルス

 Retrovirusは次の3群に分けられる。
 Oncornavirus: マウスやトリの白血病ウイルス、 HTLV-1
 Lentivirus : HIV、SIV
 Spumavirus : foamy virus

 ウイルス粒子はゲノムRNAの二量体(dimer)を含む。感染すると細胞質でDNAに読み取られ、両端にLTRと云う構造を持つプロウイルスとなる。プロウイルスはウイルス粒子を構成するPol蛋白と共に核に移行し(恐らくGag或いはGag-Pol蛋白と一緒に)、細胞の染色体DNAに組み込まれる。組替え部位を調べると、組み込まれたプロウイルスの両端に数塩基の繰り返し配列が見られる。これは、トランスポソンに特徴的な現象である。組み込まれたDNAから転写されたRNAは再びウイルス粒子に取り込まれる。

 ウイルス蛋白としては、ウイルス粒子のコアを形成するGag蛋白、エンベロープ蛋白(Env)、逆転写(RT)と組み込み(INT)酵素の活性を持つPol蛋白がある。Pol(Gag-Pol融合蛋白として翻訳)及びGagはゲノムサイズのRNAから、Envはスプライスによりgag-pol部分が除かれたRNAから翻訳される(図15-3-1)。

 以上は、最も単純な構造のOncornavirusの場合であるが、他のレトロウイルスもほぼ同様な機構で複製する。但し、LentivirusやSpumavirusでは、ウイルス遺伝子の発現を調節する遺伝子が3'末の方に存在する点がOncornavirusと異なる。又、前者のタイプのウイルスは生殖系列細胞に組み込まれ、内在性ウイルスとなり得るが(HTLV-1を除く)、他のウイルスではその様な事は報告されていない。

 レトロウイルスの中では、エイズの原因であるHIV、成人T細胞性白血病の原因であるHTLV-1が重要である。

 特にHIVは、世界的な広がりを見せ、1996年の段階で、2千3百万の感染者がおり、既に6百万が死亡している。感染者の9割は途上国にいる。

 わが国でも平成9年辺りから献血者にHIV陽性者が増え始め、日本の社会に広がりつつある事が示唆されている。日本のHIV感染は、1983年当初、HIV汚染血液製剤による血友病患者が大半を占めていたが、次第に性感染、特に異性間性交渉によるものが増加している。
2002年現在では20〜30台の男性同性間感染が目立って多くなっている。

 HIVは、血液又は性交渉により感染する。感染により、免疫の中枢とも云えるCD4陽性ヘルパーT細胞を破壊する。血液中のCD4細胞の減少に伴い免疫低下による真菌症、カリニ肺炎、細菌やウイルスの感染、カポジ肉腫と呼ばれる血管腫などのエイズ(Acquired Immunodeficiency Syndrome, AIDS)の症状が現れる。経過には個人差があるが、感染初期のHIVウイルス量が多くCD4値の低い者程経過が早く死に至る。面白い事に感染してもエイズ発症をしない長期生存者が存在する。マウスの白血病ウイルスの実験で良く分かっているが、レトロウイルスの感染や発病を支配する遺伝子が存在し、HIVにもそのような現象がある、と云う事である。

 HIVの感染はヘルパーT細胞のCD4分子をウイルス外皮蛋白が認識し結合する事により開始するが、CD4分子のみでは十分でなくcoreceptorが必要である事が分かって来た。HIVウイルスにはマクロファージに感染するものとT細胞に感染するものとがあるが、その違いはcoreceptorが異なる為のようである。

 HIV感染に対しては、ウイルスの持つ逆転写酵素やプロテアーゼに対する阻害剤で治療効果を挙げられるようになった。但し、薬剤耐性ウイルスの出現などにより治療が効を奏さない場合がある 
 HIVに関しては、Levyの HIV and the Pathogenesis of AIDS, 2nd Edition, ASM Press (1998)が示唆に富む。レトロウイルス一般については、Coffin, Hughes, Varmusの Retroviruses. Cold Spring Harbor Laboratory Press (1997)が面白い。

 米国ではHIV汚染血液製剤により、日本以上の犠牲者が出た。この事に関し、米国では調査委員会が設置され、これが対処した。その調査報告書、 L.B. Leventon, H.C. Sox and M.A. Stoto(eds.). HIV and the Blood Supply - Analysis of Crisis Decisionmaking Institute of Medicine, National Academy Press, 1995 ISBN 0-309-05329-3 が出ている。この調査は科学的側面、行政のあり方の解析など学ぶ点が多いので一読を勧める。特に、このような調査の危険と利益について、「利益とは次の機会への教訓であり、危険は現在の知識により当時得られた知識の限界の中で意志決定をせざるを得なかった人々への不当な批判である」としている。

 HIV汚染血液製剤の問題については、幾つか、冷静に、考える必要がある。幾つかのポイントを以下に示す。

  1. HIVの現在認識されているような危険性が認められるようになったのはどの時点か。
  2. エイズがウイルスによると云う説が受け入れられたのは何年位の頃か。
  3. 日本で1983年の段階でいわゆる製剤からクリオプレシピテート(cryoprecipitate)に変えるべきであったと云う議論があったが、クリオとはどういう利点と欠点があったか。
  4. 何時完成した加熱製剤が出来上がったのか(1988年に加熱製剤のみを投与された患者でエイズ発症が報告されている)。
  5. 医薬品の市場引き上げの制度はどうなっているのか。米国と日本の違いはどうか。何故、米国業者は1983年と云う早い段階で汚染血液を原材料とした製剤の市場引き上げをしたのに、何故日本では遅れたのか。
  6. 厚生省の仕組みには、その担当者の人的構成を含め問題がなかったか。今、現在、それは解決されているのか。

 これらへの、筆者の考えは、「公衆衛生と感染症」(対象としての人間:岩波講座科学/技術と人間6、126-156頁)に概略を示してある。

15-3-2:ヘパドナウイルス

 Hepadnavirusの仲間で重要なのは、B型肝炎ウイルス(HBV)である。成人への感染では、持続感染に移行することは少ないが、母子感染では9割位が持続感染に移行し、慢性感染、肝硬変、或いは肝がんとなる。主な感染経路は血液(輸血)で、その他性行為でも感染が起こる。輸血によるHBV感染は、感染を調べるスクリーニング法が開発され、全ての輸血用血液を検査するようになってから殆どゼロになった。しかし、針刺し事故などで医療従事者にも感染したケースは時折見られる。酵母で作成した組替えワクチンが感染予防に有効であり、母子感染防止、医療事故感染防止に使用されている。

15-3-3:レトロウイルスの複製に関する補足

1.レトロウイルスには宿主域があり、ウイルス上の特定の遺伝子と宿主の特定の遺伝子で決まる(Odaka & Yamamoto, Jpn J Exp Med, 36, 23, 1966)。例えば、マウスにしか感染しないマウス白血病ウイルス(ecotropic murine leukemia virus、 MLV)の場合、ウイルスのgag遺伝子の中のp30がウイルス側の遺伝子であり、マウスの第5染色体上にあるFv-1 locusがマウス側の遺伝子である。

 ウイルスが増殖出来ない組み合わせでは、逆転写迄は感受性細胞同様進行するが、プロウイルスが細胞質から核に移行し組み込まれる間で、Fv-1の抑制がかかる。in vitroの組み込み系でFv-1の影響が見られないことから、ゲノムの細胞質から核への移行に宿主のFv-1遺伝子産物が関与しているのではないかと考えられている。又、ウイルスのp30が Fv -1 による宿主域を決めている事から p30蛋白はプロウイルスの核移行に関与していると推論出来る。即わち、ゲノムRNAと粒子中で一緒にいた p30は、逆転写後もプロウイルスDNAと結合し核に移行しているという事になる。そうすると、実際核に移行するのは Gag 蛋白の中の p30か Gag-Pol 蛋白中の p30かという問題が出て来る。プロウイルスの細胞質から核への移行の機構はレトロウイルスの未解決な問題の一つである。

2. retrovirusの感染は細胞増殖に依存する。HIVは静止期の細胞にも感染が成立するとされているが、増殖している細胞の方が感染効率は遥かによい。MLVの感染は完全に細胞増殖に依存する。例えば、接触阻害(contact inhibition)により増殖の止まった単層細胞を一部ピペットの先で傷つけMLVを感染させると、細胞の剥がれた領域に回りだけ感染する(Yoshikura, J. Gen. Virol, 6, 183, 1970)。では、必要とされる細胞周期はどこかと云うことになる。

 感染した細胞を非感染細胞の上に播くと、そこから感染が広がる。これを感染中心(infectious center)と云う。MLVを細胞に感染させ時間を追って感染中心の紫外線感受性を調べると、感染が成立しウイルスを放出し始めると紫外線感受性が急に下がる。つまり感染成立は感染中心が紫外線抵抗性となる事で判定出来る。何故感染が成立すると紫外線抵抗性になる理由は恐らく感染成立前の紫外線の標的は細胞の染色体DNAであり、感染成立後は転写されたウイルスRNAが標的分子となる為ではないかと考えられる。実際、retrovirusは紫外線抵抗性で、且つ、感染成立後の感染中心はRNAの紫外線感受性を高める5-fluorouracilを細胞に取り込ませる事により紫外線感受性が高くなる(Yoshikura, Virology 48, 193, 1972)。

 一方細胞周期と感染の関係を見るには全部の細胞が同じ細胞周期にあるような同調培養を使う必要がある。その為には、接触阻害によりG1期に止め、新鮮血清添加により増殖を誘導するとよい。このような系では、血清添加後10時間位でDNA合成が開始し20時間でDNA合成が最盛期を迎え、細胞分裂の最盛期は30時間頃となる。

 このような培養系で、血清添加後、色々な時間でウイルスを感染させ、感染中心の紫外線感受性を時間を追って調べてみる。すると、紫外線抵抗性になる迄の時間はG1期を進みS期の最盛期に近付くに従って次第に短くなる。又、感染細胞を細胞分裂を抑える薬剤で処理すると処理した時間分紫外線耐性になる時間が遅れる。このような観察から、必要とされる細胞周期は細胞分裂ではないかと推測された(Yoshikura, J. Gen Virol, 8, 113, 1970)。その後分子生物学的技法を用い追認されているが、その正確な機構は未解明のままである。

 しかし、もし、細胞分裂がretrovirusの感染に必須であるとするとどのような機構が考えられるであろうか。

 細胞分裂とはどういうものか、ここで少し考えてみる。細胞分裂は、核膜の融解が始まるprophase、染色体が細胞の中心に整列するmetaphase、染色体が次第に両極に引っ張られて行くanaphase、次いで分かれた染色体を取り込んだ核の出来るtelophaseと進行する。
 prophaseで、核膜は融解しnuclear membrane vesicleとなり、同時に染色体、nuclear lamina、等も遊離した状態となる。nuclear lamina由来のtype B laminはvesicleの外側に結合したままであるが、type Aとtype C laminは遊離する。染色体が両極に分かれanaphaseに入ると、nuclear membrane vesicleはlamin等と共に染色体を取り込みつつ融合し核膜を再構成する(図15-3-3)。

図15-3-3

 

 このようなプロセスのどこをretrovirusは感染経路に利用しているのであろうか。上に述べたように、Fv-1の宿主域制御は、細胞質でのprovirus合成には影響せず、その後のステップに効いている。一方、Fv-1のウイルス側因子がウイルス構造蛋白であるp30であることから、逆転写後もp30はprovirusに結合していると推定される。そうすると、例えば、p30が、融解した核膜が再構成される時に、核内に取り込まれる蛋白と結合し一緒にprovirusも核内に取り込まれると考えることも出来る。宿主のFv-1遺伝子産物はp30と核内に取り込まれる蛋白との結合を抑える物質かも知れない。

3.ゲノムサイズのRNAからどの様な機構でGag蛋白とGag-Pol蛋白両方が翻訳されるのか?これは、10回に1回の割合でGag領域とPol領域の境界にある停止コドンをサプレッション或いはリボゾームシフトにより読み過ごす為(readthrough)と説明されている。readthroughの割合が何により決まっているのか、単に確率の問題だけなのか、よく分かっていない。

4.HIVでは、ゲノムサイズRNA及び1度だけスプライスされたエンベロープ蛋白をコードするRNAの発現には、Revと云う調節蛋白が必要である。Revはエンベロープコード領域内のRREと云う配列を認識し、核から細胞質へのRNA移行を行う。つまり、Revは、これらのRNAを核から細胞質へ移行させる働きを持っている。

5.HIVも含め凡てのレトロウイルスはゲノムサイズ及び1度だけスプライスされたエンベロープをコードするRNAを細胞質に発現している。 どうしてこれら2種類のRNAが発現するのであろうか?
 一般に、スプライスされたRNAがmRNAとして機能する場合、必ずスプライスされた転写産物が細胞質に出てくる。言い換えると、スプライスされないRNAは核から細胞質へ移行しない。これは、mRNAとして機能しないRNAが細胞質に溜まる事を防ぐ意味で重要な制御である。しかし、どうしてレトロウイルスの場合、スプライスしたRNAとしないRNAを、しかも、丁度良い比率で発現する事が出来るのだろうか?
 MLVのゲノムの中に、スプライスされないRNAを核から細胞質に移行させ安定に発現する為に必要な配列と、その領域に依存させるようにする別の配列のあることが分かって来た。面白いことに前者の領域はスプライスに必須のsplice acceptor近傍の領域である(Ohshima et al. J. Virol, 70, 2286, 1996)。

 RNAのスプライスはspliceosomeで起こり(spliceosome形成はRNA合成と並行)、一般のスプライスさるべきRNAはスプライスされないと核外に移行しない。このことは、見方を変えるとスプライスと核細胞質移行とはカップルした現象であるとも言える。つまり、spliceosomeと核外移行に関与する分子は相互作用をしていると推測される。すると、retrovirusの場合、スプライスされずに核外に移行するRNAも、何らかの形でspliceosomeと相互作用し、spliceosomeが核外移行に関与する分子と相互作用することにより核外に移行していると推測することが出来る。

15−4:プリオン

 病原性を担う物質プリオンが蛋白である点が特徴であり、不思議な点である。ヒトのKuruやCreutzfeldt-Jacob病(CJD)、羊のscrapieなどが知られている。いずれも脳のスポンジ様変性によるニューロンの喪失が特徴である。

 1995-1996年にかけ“狂牛病”がヨーロッパ(中でも英国)を中心に問題となり、2001年に日本でも1例目が発見された。scrapieに汚染した羊肉を牛のエサにした為と考えられている。狂牛病(BSE:bovine spongiform encephalopathy)に汚染した肉をヒトが食した為CJDになる可能性があるというので保健上大きな問題となった。蛋白のアミノ酸配列から正常の動物にも全く同じ配列の蛋白をコードする遺伝子の存在する事が分かった。これは、27-30kDaのsialoglyco-proteinでprion蛋白(PrP)と呼ばれる。病変を起こす蛋白は正常の蛋白とは異なり、amyloid fibrilと呼ばれる桿状の構造物を作り、protease Kで消化されにくい。病気を起こすPrPと正常のPrPとの何等かの相互作用により正常なPrPが病的なPrPに変わって行くと考えられる。翻訳にカップルしたものか、あるいは出来上がった正常PrPが細胞の何処か特別の場所で病的PrPと反応し病的になるのか、分からない。

 多くの蛋白分子にとって、これが正しく折りたたまれるにはchaperonという別の蛋白を必要とするケースがある。これに似た機構でPrionの場合、誤って折りたたまれた蛋白が、同じアミノ酸配列を持つ蛋白と反応しどんどん誤った構造の蛋白を作ることは考えられる。アルツハイマー病でもCJDに似た脳細胞のアミロイド変性が見られる。これは、アミロイド蛋白が大量に作られ正しく折りたたまれないまま蛋白が凝集する為と考えられている。CJVもアミロイド変性も蛋白の一次配列は変わらないのに異常な立体構造を持つことにより不溶性の凝集塊を作る点でよく似ている。

 シャペロン(Chaperon)
 大腸菌の細胞質で出来たばかりの折りたたまれていない蛋白はDnaK、次いでDnaJ蛋白と結合する。これにより間違った折りたたみ(folding)や凝集(aggregation)が防がれる。次いでGrpEに助けられ、ATP加水分解反応にカップルしてGroEL/ESに結合し、結果として蛋白は正しくfoldされることになる。この蛋白は熱など蛋白を変性させる条件下で誘導される。DnaK、DnaJはλファージの複製開始に関与していることで、発見されたのでこの様な命名になっている。

 大腸菌で異種蛋白を発現させるとよく不溶性の封入体を作ることがある。温度を下げて蛋白合成をゆっくり行わせたり、chaperonの発現を同時に行うとこれが防げる場合がある。プリオンも折り畳みが異常な蛋白である事を考えるとシャペロンと何か関係がありそうである。

 真核細胞にも同様の機能を持つ蛋白Hsp70、Hsp60が存在する。Hspはheat shock proteinのそれぞれの頭文字を取ったものである。文字通り、細胞が高い温度に曝されると誘導される。その役割をここで考えてみると、熱によって蛋白は2次、3次構造が変わる筈なので、Hspは、このような構造が変わりかけた蛋白と相互作用し、これらの蛋白の構造が変わらないようにしていると考えられる。

 最近になって、このようなchaperonが遺伝子変異に対する緩衝剤になっているのではないか、と云われるようになって来た。これは、植物やハエで、Hsp遺伝子の変異だけで、それ以外の遺伝子の変異によると思われる形質が、表現型となって出てくる事が分かったからである。即ち、遺伝子の変異により変異した蛋白が発現しているには違いがないのだが、正常なHsp蛋白が変異した蛋白を構造的に正常なかたちに整えていると考えられる(Science, 296, 2348-2349, 2002)。

 Hspは、立体構造がおかしくなりかけた蛋白の構造をなんとか正常に戻そうとする働きがある事を考えると、熱による立体構造変化に限らず、遺伝子変異による構造変化に対抗する作用があってもおかしくはない。そのような意味で、Hspは蛋白構造変化が原因である疾患の治療にも使えるかも知れない。
 

15-5:植物のウイルス

 植物ウイルスは人の健康には無関係のように思えるかも知れない。しかし、人の存続に大きな関係のある農業では重大な関心事である。又、このようなウイルスに耐性の作物を作る為にウイルスの遺伝子を組み込んだ農作物が作出されている。
 植物ウイルスは、ウイルスがpolyphylogeneticである事を反映し、動物では見られないようなウイルスが見つかる。その一つとして15-4でウイロイドを紹介した。
 植物ウイルスは動物ウイルスが遭遇しないような感染伝搬上の障壁を乗り越えなければならない。それは、細胞の外側にあるセルロースを多量に含む厚い細胞壁である。この為、昆虫や線虫類(Nematoda)が付ける植物の傷などを介して伝搬する。
 

15-5-1:酵母のウイルス、キラー

 発酵工業では酵母Saccaromyces cerevisiaeが広く使われているが、キラー酵母の混入により駄目になることがある。キラー酵母は2重鎖RNAウイルス(キラー因子)を持っている。
 キラー因子はウイルス粒子を作らず、RNAのまま細胞間細胞質融合により伝達し、そのコードする毒素蛋白質により細胞壁に穴をあけ、キラー因子を持っていない酵母を殺す。キラー酵母が死なないのは、ウイルスがこの毒素に対する耐性遺伝子もコードしていている為である。キラー因子はウイルス粒子を作らない点でウイロイドに似ている。

15-5-2:分節RNAウイルス

 植物ウイルスは病変のタイプから、4種類位に分けられる。
(1) 葉や花にモザイク状の病変を起こすもので、チューリップの花びらの模様はこのウイルスの感染によるものである。
(2) 葉をカール状や黄色にし、葉をいじけさせるもの。
(3) 傷口から感染し腫瘍を作るもの。
(4) 植物を完全に立ち枯れにするもの。
 キュウリモザイクウイルスは名前とおりキュウリにモザイク病変を起こす。ウイルスゲノムは、インフルエンザウイルスのように分節しているが、+鎖のRNAである(インフルエンザウイルスはー鎖)。面白い事に、インフルエンザウイルスの様に全ての分節が一つのウイルス粒子に入っているのではなく、キュウリモザイクウイルスでは4つの分節が別々のウイルス粒子に入っている。感染には大きい方から3つの分節をそれぞれ含むウイルス粒子の感染が必要である。

15-5-3:RNA干渉(RNA interference, RNAi)又はRNA silencing

 線虫Caenorhabditis elegansに標的RNA部分の2重鎖RNAを食べさせるとその領域の遺伝子の発現がなくなる。食い物で遺伝子の発現が抑えられると云うのであるから、実に驚くべき話である。この現象をRNA interference或いはRNA silencingという。

 フリーの2重鎖RNAがあると、これがRNA分解酵素(ribonuclease III、Dicerと呼ばれる)の複合体(RNA silencing complex, RISC)を引き寄せ、自分自身を21-25塩基長に切断させる。このRNAをshort interfering RNA(siRNA)と云う。siRNAはRISCと複合体を作ったままで、相補的な他のRNAを認識し分解し、結果、相補的RNAをコードしていた遺伝子の発現が抑えられる(即ちsilencing)。同時に、siRNA自身がprimerとなって、細胞のRNA依存RNA合成酵素(RNA dependent RNA polymerase、RdRp)により相補的RNAに相当する部分の2重鎖RNAの合成を引き起こす。その結果、siRNAは更に増幅し、遺伝子の発現抑制も持続することになる。

図 15-5-3

 RNAウイルスは複製過程で必ず2重鎖RNAになるので、宿主はこの現象を生体防御に使っている。一方、ウイルスは、RNA干渉の種々のステップでRNA silencing を抑える為の遺伝子を持っている。このような現象は、植物ウイルスで先ず発見されたが、次第に、動物ウイルスにも同様な現象のあることが分かって来た。注目すべき事は、siRNAが一度出来ると、細胞のRNA依存RNA合成酵素により、始め出来たsiRNAが無くなっても、シグナルが増幅し持続し得る点である。  前に、動物細胞にはRNA依存RNA合成酵素(RdRp)が無いのでマイナス鎖RNAウイルスはRNA依存RNA合成酵素をウイルス粒子中に持つ必要がある、と述べたが、少なくとも植物細胞にはRdRpが存在することが分かって来た。
 RdRpには2種類あり、一つはDNA依存RNA合成酵素がRdRpとして機能する場合で、上に述べたウイロイドの複製に関わる。ウイロイドRNAはこのRdRpにより核内で合成される。もう一つは、DNA依存RNA合成酵素とは全く別の酵素で、プライマーなしにRNAを鋳型にRNA合成を触媒する。これについてはトマトの酵素が良く調べられていて、ウイルスのRdRp、DNA依存RNA合成酵素とは全くホモロジーがない。RNA interferenceについては、G.J. Hannon, RNA interference, Nature, 2002, Vol.418 244-251、P. Ahlquist, Science, 2002, Vol. 296, 1270-1273を見るとよい。

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