ファージの研究を振り返ると、その源においてお互いに相容れない、2つの考え方があった事に気付く。 ファージを最初に実験的に扱ったのはカナダ系フランス人の
d'Herelle(1917)である。彼は、ファージは細菌に外から(exogenous)感染するウイルスであると認識していた。一方、当時名声を誇っていたベルギーの
Bordet
は、ある種の細菌は他の菌に感染するファージを生産出来る能力を内在(endogenous)すると考えていた。
これは、前者は T4 や T7 などの virulent phage
を扱い、後者はこの章で述べる lysogenic phageを研究対象にしていた為である。お互いに別のファージを研究していた事に気付かず、d'Herelle
は、「Bordet
はファージ粒子の混入した菌をいじっているからあんな結論を出すのだ」と考えていた。
ファージの研究から分子生物学を作り上げたDelbrück
のファージグループは前者のファージを対象に選び研究を構築して行った為、lysogeny(溶原化)の現象はなかなかこのグループに認められなかった。(J.
Cairns, G.S. Stent, S.D. Watson Phage and Origins of Molecular Biology, 1996, CSHLQB)。溶原化の現象の本質を初めて明かにしたのはロシアからフランスに移民した
Lwoff(1950)である。
13−1:DNA 複製
ラムダファージはウイスルス粒子の中では直鎖2重鎖 DNA
の形をとっている。両端に cohesive endという部位があり、お互い相補的な12
塩基分が1本鎖となって2重鎖から飛び出している。飛び出している鎖は5'側である。
大腸菌に感染すると、cohesive end
はお互いに水素結合し、ラムダ DNA は環状になる。Ori
から左右両方向にDNA 複製が進行する(θtype replication)。
ウイルス粒子が出来る溶菌サイクルでは、やがて、rolling circle
replication が始まり、ラムダ DNAが同方向に沢山つながった concatamer
が出来る。ファージ蛋白は cos を認識し、ラムダ DNA
を1ユニットづつファージの頭に詰め込んで行く。
一方、溶菌サイクイルに入らず、ラムダ DNA
が大腸菌染色体に組み込まれるサイクルを取る場合がある。これを溶原サイクル(lysogenic
cycle)と云う。環状ラムダ DNA は att
と云う場所を利用し染色体に組み込まれ、その後大腸菌 DNAの一部として複製される。大腸菌染色体上の組み込み部位は
gal と bio の間のattB site にほぼ限定されている。 ファージ側(attP)も大腸菌染色体側(attB)も組み替え部位が決まっているので部位特異組み換えの一つと云える。attPと
attB には AT の多い共通の 15 塩基対がある(図13-1-(1))。
組み込みにはラムダファージの int
蛋白(+宿主蛋白)が必要とされる。att
はラムダ遺伝子地図のほぼ真中にある。従ってウイルス粒子内では鎖の反対側で
cos
近傍にあった遺伝子(ファージ頭遺伝子と溶菌遺伝子R)は組み込まれたラムダ遺伝子では隣合わせになり、ウイルス粒子内のゲノムでatt
を挟み隣合っていた遺伝子(int と sib)は両端に離れる。この様な組み込みのモデルを提出したのは
Campbell である(図13-1-(2))。
紫外線など大腸菌の生存を脅かすような刺激により、ファージ
DNA
は切り出され、溶菌サイクルに入る。あたかも、沈没船からネズミが逃げ出すようなものである。切り出しには、ファージのint
と xis 蛋白(+宿主蛋白)が必要とされる(図13-1-(1))。