第7章 細菌の増殖

 細胞が増殖するには、
  1. 細胞が2つに分かれる時正確に同じ2コピーのDNAが合成され、2つの細胞に均等に分かれる事、
  2. 2つの細胞分の細胞質構成分、細胞膜、細胞壁、外膜(グラム陰性菌)、鞭毛などの付属器官が出来、均等に2つに分かれる事、
  3. 細胞に隔壁が出来、分裂する事、が必要である。

 細胞の増殖は結局の処、これ等を司る酵素の発現により制御されている訳である。つまり、その制御の基本は、第6章に述べたような遺伝子の発現制御である。

7−1:DNAの複製

 細菌の染色体は2重らせんの DNA (dsDNA) から成る。ほとんどの細菌では、この dsDNA は環状をなす。複製は或る一定の開始点から進行する。DNA(RNAも) の合成は 5' から 3' に進行するので、一方は連続的に合成が可能であるが、他方は、非連続的に進行せざるを得ない。そのような、非連続的 DNA 合成の結果 Okazaki fragment が出来る(図7-1-(1))。

図7-1-(1)

 染色体DNAを複製するのは沢山のsubunitからなるPol IIIである。
 この他機能の分かっているDNA合成酵素としてPol Iがある。Pol IはpolAの遺伝子産物で DNA replicationの primerとなったRNA を除く。UV照射で thymine dimerが除去された後を修復するのもこの酵素である。

 細菌の DNAの合成速度、つまり、Pol IIIによりヌクレオチドが順次重合していく速度は、37 度で 800 nts/sec で、細菌の分裂速度とは、無関係である。

 E. coli の DNAの長さは4.7x106塩基対である。複製中心から両方向に複製が進行し、対極で止まるので、ゲノムサイズの半分2.3x106を800で割ると、2,800秒、 47 分と云う計算になる(図7-1-(1))。

<問い>1DNAらせんは10塩基対3.4mmである。大腸菌のDNAの長さは何mmになるか。DNAの複製される速度は何nm/secか。

 栄養が大変よい条件では細菌が 20分、あるいはもっと短時間で分裂を繰り返す。そうすると、DNA合成が1ラウンド終了しない内に細胞の方は分裂するのでそのような菌では全 E.coli DNA の 1/2 とか1/3になってしまうかもしれない。実際はそのような事は起こらない。どうしてだろうか?

 それは、DNA 合成が完了しないうちに次のDNA合成が開始する為である(図7-1-(3))。一方動物細胞では必ずG1→S(DNA合成)→G2→M(分裂)のサイクルをとる。DNAは一度複製したらG2→M→G1を通らないと再び複製されない。つまり、動物細胞では、各細胞周期に入る(終わる)処がきちんと制御されていると云う事である。細菌での細胞周期の制御は、動物細胞とは異なると云う事である。

図7-1-(3)

 

7−2:DNA複製の調節

 細菌では、 DNA合成の開始はどう調節されているのだろうか?少なくとも、dnaAという遺伝子が関与している事が分かっている。dnaA遺伝子をplasmid(環状の染色体DNA)にクローンして菌で沢山発現させると、DNA複製開始点が増加する。

 しかし、もし、dnaA蛋白の量が複製開始を決めているのなら、どうしてサイクリックな DNA 合成があるのだろう?のべつまくなしにDNA 合成開始が起こる筈である。

 dnaAは一度 DNA 複製開始をすると壊され、次に新しく合成されないと次の DNA複製開始をしない。又、dnaAは自分自身のoperonを負に制御する事が知られている。

 更にdnaAはDNA合成開始点に20〜40分子が結合して始めて複製を開始させると云われている。この様に大量の分子の結合が必要な反応では蛋白の量が少し減っただけでも、その反応に必要な集合体は作れなくなる。従ってdnaA量としての変動はゆるやかな曲線を描く場合でも、反応自体はそのピーク時にのみ起こることになる(図7-2-(1))。

図7-2-(1)

(註)30分子集合することがDNA合成に必要だとする。今10%DnaA量が減ったとすると、30分子集合した複合体は0.930=0.04となり、ほぼ1/25になるという計算になる。
 では、細胞の分裂の方はどう調節されているのだろうか。大腸菌ではDNA合成開始から細胞隔壁が完成する迄60分と一定であることが分かっている。云いかえると、DNA合成の開始は隔壁形成終了の60分前に始まる。

 菌が増殖している時の菌体の容量を経時的に調べると、図7-2-(2)のような結果となった。培養時間と共に菌の体積が増加し、ある時点で次のDNA合成が開始する。その時、DNA合成開始点あたり菌の体積が一定である事が分かった。つまり菌の体積がDNA合成のシグナルになる、と云う結論である。

 DNA合成開始がdnaA量に依存する事は上に述べた通りである。従って合成開始に必要なdnaA量と菌の体積とは何らかの関係があるという事になる。

 DNA複製の終結は ter で起こる。この塩基配列を別の場所にずらすとそこで複製が止まる。単にDNA 複製フォークがぶつかって複製が止まるのではなく、あるシグナルを持った塩基配列が必要である。

図7-2-(2)

 

7−3:細胞分裂とDNAの配分の問題

 細胞分裂に異常のある変異株が取られ、これを利用した解析が進められている。FtsZ の様な細胞分裂の活性化遺伝子、それを抑える SulA, SulAを壊す Lon などの遺伝子が分かっている。
 Lon 変異があると、SulA が壊されず、分裂が抑えられ長く伸びた(long)菌が出来る。

 菌を紫外線照射すると、RecA のプロテアーゼ活性が活性化され、活性 RecA はLexAを壊す。 LexA はSulA のoperon をrepressする働きがあるので LexA が壊れるとSulA の転写が開始する。SulA はFtsZの活性を抑え、結果、FtsZ が十分ないため細胞分裂が止まる。紫外線照射後、分裂が抑えられ、ひょろ長い菌が出て来るのはこれで説明される(図7-3-(1))。

図7-3-(1)

 複製された DNA がどうやって正確に二つの菌に分かれるかは未だ謎である。古くはJacob らが膜にDNA 複製の開始点がついているモデルを出しているが、完全に解明されてはいない(図7-3-(2))。

 最近になってこの問題に関し次の様な考え方が出されている(R. Losick and L. Shapiro. Bringing the Mountain to Mohammed. Science 282, 1430, 1998)。 図7-3-(3)に模式図を載せておく(原図はここに示したものとは違うので興味あれば原著に当たること)。
 

 この実験はDNA複製に必要なpolC他2つの蛋白について、緑色螢光を発するGFP(Green Fluorescent Protein)との融合蛋白を細菌内で発現させ、DNA複製中の局在を調べたものである。

するとこれ等の蛋白は将来二つの細胞を分ける隔壁に当たる部分に局在した。

このことから図7-3-(3)の右側が正しいと推論できる

図7-3-(2)
図7-3-(3)

  上の実験で、注意して貰いたいのは、DNA合成が起こる場所は固定され、DNAの方が手繰り寄せられながら複製して行くと云う点である。DNA合成に関わる蛋白複合体が巨大な分子であることを考えると、話が良く分かる。転写の場合も同様で、RNAポリメラーゼがDNAの上を粘稠の細胞質のをかき分け動いて行くよりは、DNAを手繰り寄せてmRNAを合成していく方が合理的のように思われる。

 DNAの複製点が隔壁の出来る場所に固定されているのはよいが、これだけでは複製した2つのDNAコピーが2つの娘細胞にそれぞれ分配されることを保障できない。真核細胞の染色体はcentromereに付いたkinetochorを介して細胞の両極に別れるが(図16-3-6-(5))、細菌にも似た機構のあることが分かった。
桿菌のBacillus subtilisでRacA変異(RecAではない!)は胞子形成の異常を来すが、その原因はDNAの配分異常である。RacA蛋白をChromatin immunoprecipitationと云う技法で調べてみると、特にDNA複製中心に近い処にあるcentromere領域と結合した。Centromereに結合するRacAは、桿状をした菌の両極に局在するDivIVAに結合した。則ち、染色体のDNA複製開始点にあるcentromereはRacAを介し菌の両極にあるDivIVAに結合することになる。そうなると、2つに分裂した染色体はそれぞれ1ケ所で菌の両極に付いているので、細胞分裂が起これば、染色体も2つに別れることになる。

図7-3-(4)

 しかし、これでは、染色体の複製開始点は菌の極に付着したままになり、DNA複製に差し支える。これを制御しているのがMinCDで、菌が分裂に向けて成長している間は、MinCDがDivIVAの極在する部分に集まり、細胞分裂の開始を抑え、同時にRacAのDuvIVAへの結合も抑えるという仕組みとなっている。仮説の部分もあるが、Jacobの仮説への一つの回答である(S.Ben-Yuda, DZ. Rudner , R. Losick, RacA, a bacterial protein that anchors chromosomes to the cell poles, Science, 2003, 299, 532-536)。

7−4:細胞周期

 細菌あるいは動物細胞の増殖は、DNAの複製と細胞分裂の2つの現象からなっている。

 真核細胞では細胞分裂から細胞分裂までの事象、細胞周期、は、G1、S(DNA合成期)、G2、M(細胞分裂)が、この順序で正確に進む。M期が終わらずに次のS期に入る事はない。

 細菌では、細胞分裂が済まないのに次のDNA合成が始まる。つまり、真核細胞では「細胞分裂をしていると云う」シグナルがDNA合成期へのコミットを抑え、DNA合成をしていると云うシグナルが細胞分裂を抑えているが、細菌では、そのようなシグナルによる細胞内の密接な調節はなく、増殖の速い菌では、細胞分裂とDNA合成が同時に起こる(図7-4-(1))。ただし、既に述べたように、DNA合成開始から一定時間後に細胞分裂が起こるので完全にDNA合成と細胞分裂が勝手に起こると云うことではない。

 このような状況を反映し、真核細胞では数多くの遺伝子が細胞周期の調節に関与している。

 図7-4-(2)は動物細胞の細胞周期を纏めた模式図である。細胞周期の調節には2つのチェックポイントがある。DNA合成に入るかどうか(つまりG1からS期への移行)と細胞分裂を始めるかどうか(G2からM期への移行)の2点である。

図7-4-(1)

 

図7-4-(2)

 真核細胞の分裂は、図7-4-(2) 上に示してあるように、cdc25/cyclinの活性により調節されている。DNA合成が始まるとcyclinBの合成が始まり、これが蓄積するとcdc2と結合しcdc2/cylinB複合体となる。cdc2の161番目のスレオニンを燐酸化すると活性のあるcdc2となる。しかし Wee1遺伝子産物により、cdc2の15番目のチロシンが燐酸化されると複合体としては不活性の状態となり、この不活性な複合体がG2期を通して蓄積されることになる。燐酸化された14番目のスレオニン、15番目のチロシンがcdc25により脱燐酸化されると活性型cdc2/cyclinBとなりこれが種々の標的蛋白を燐酸化し細胞分裂が始まる。同時に複合体はubiquitinationを利用しcyclinBを分解する。こうして活性型の複合体は消失し細胞はM期からG1期に入る。

 G1からS期への調節は図7-4-(2) 下に示すように Cdk4,6/CycD*により誘導される(*cyclin-dependent kinaseの略)。細胞増殖因子を細胞に作用させると、Ras/Raf/ERKのシグナル伝達系によりCycDの合成が誘導され、結果としてCdk4,6/CycDの複合体が出来る。この複合体は転写因子EF2と結合しているRb蛋白を燐酸化させ、EF2をフリーにする。するとEF2はS期に必要な蛋白の合成を誘導し細胞はS期に入ることになる。

 Rbは、この説明でも分かるように、DNA合成の開始を抑えている蛋白である。従って、この蛋白が無くなればDNA合成への負の調節がうまく行かず、やたらとDNA合成が始まることになる。がんは「抑制の効かない細胞増殖」であるので、Rbの遺伝的欠損はretinoblastomaなどの発がんの頻度を上げる。即ち、Rbは抑制的がん遺伝子であると云うことになる。

 p53はDNAの損傷により増加し、結果p21の転写が誘導される。p21はそれ自身が、直接DNA合成を抑えたり、種々のcdk/cyclin複合体の活性を抑え、結果として細胞周期を止める(図7-4-(2)下)。目的論的に云えば、DNAの修復が終わる迄細胞周期の進行を抑える働きを持つ。p53が機能しなくなるとおかしなDNAを持つ細胞が複製を続けることになる。「がん細胞はDNAに異常を来した細胞」であるので、p53の欠損などはがんを誘導する事となる。

 G1からSへの移行にはもう一つチェックポイントがあり、Cdk4,6/CycEを必要とする。

 細胞周期の調節は、基本的には蛋白の燐酸化によるシグナルの伝達、転写の活性化による蛋白合成の誘導、関与する蛋白の機能を終えた後の急速な分解、である。

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