第29章:まとめ

 

 微生物は今後、遺伝子治療、生物製剤の生産、遺伝子組み替え食品など人類の健康分野での利用が増えるであろう。同時に、その利用に対する漠たる不安も増加するかも知れない。ヒトゲノムの解析も、取り掛かりは制限と修飾(restriction and modification)と云う現象の発見にあった。遺伝情報の利用は人類に大きな恩恵をもたらす可能性があると同時に、個人情報保護に始まり種々の倫理的課題が課されることとなる。

 感染症と貧困は切り離すことが出来ない。社会的な不平等、経済的な格差は、経済が国際化し、発展することでいよいよ大きくなる可能性がある。身近な例であるが、ここ数年、日本の殆どの都市でホームレスが増えている。東京都内でも、随分都心から離れたところでホームレスが集落を作っている。 ホームレスの結核が問題になっている。
 個人防衛を基盤とした現在の感染症対策から、再び、社会全体としての感染症対策を考える時期に来ている。しかし、社会全体としての対策は往々にして、貧困層の囲い込みや差別につながりやすい。対策は科学的であると同時に患者への思いやりがあるべきである。
 現在先進国途上国双方で見られる大都市での貧困層の増加は、労働者としての流動人口の増加など、経済的繁栄と裏腹の関係にあるかも知れない。繁栄すればする程貧乏人が増える。途上国では特に貧困層は適切な医療への道を閉ざされている。
 感染症対策の基本は健全な社会経済にある。これは、微生物学のみで対応出来る問題ではない。しかし、微生物を学ぶ者であっても、社会的な不平等に目を瞑っていては、エイズや結核等に対する有効な感染症対策を考える事は不可能である。

 地球化の時代にあって、国境を越えた感染症対策は一層重要性を増すであろう。国境紛争、民族紛争は、感染症対策を困難にする。

 先進国、途上国を問わず進行している人口の高齢化は、感染症の中身も変える結果になるであろう。若年者と並んで高齢者がワクチン政策の中心に据えられるかも知れない。微生物学はこのような社会の動きに反応し発展していくものと思われる。

 

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