第14章 RNAファージ

 DNAファージは転写調節により遺伝子発現を順序良く行う。RNAをゲノムとするウイルスでは、それ自身がRNAであるから、転写レベルでの調節は原則的に不可能である。

 まず、RNAウイルスとして最も単純なRNAファージMS2の複製を考える。

 MS2ファージのゲノムは+極性の(つまりmRNAとして働ける)1本鎖RNAである。大腸菌に感染すると、ファージの増殖に必要な遺伝子の翻訳に引き続き−鎖のRNAが合成される。この−鎖RNAを鋳型とし+鎖のRNAが合成される。合成されたRNAはファージ蛋白に包み込まれファージ粒子として放出される。

 ウイルスの遺伝子構造を見ると、ウイルス粒子構造を作るcoat蛋白は遺伝子の中程にある。5'末側には130塩基の非コード領域があり、続いてA(maturation)遺伝子がある。3'側にはRNA複製酵素(replicase)の遺伝子があり、さらに末端に非コード領域26塩基がある。

 coat 、replicase両遺伝子に重なって両遺伝子の間に菌を溶かす(lysis)遺伝子がある。lysis遺伝子の読み取り枠はA遺伝子と同じで、coatやreplicase遺伝子とは1塩基ずれている。重複してコード領域のある事は短い情報でより多量の情報を出せると云う事である。しかし、逆に1塩基フレームをずらし意味のある言葉にするには莫大な情報のインプットが必要である。遺伝子の進化を考える上で面白い材料である(図14-(1))。

 

図14-(1)

 RNAウイルスでも、DNAウイルス同様、時間的な発現調節がなくてはウイルスは増えられない。例えば、lysis蛋白がreplicaseなどより早く発現しては困る。何等かの翻訳の調節があるに違いない。その調節にはRNAの2次構造の変化が関係している事が分かった。

 MS2ファージRNAにはribosomeが付き翻訳を開始出来る場所が3つある。即ち、A遺伝子、coat遺伝子、Pol(replicase)遺伝子の上流である。lysis遺伝子はA遺伝子の翻訳に引き続き起こると推定されている。

 ウイルス粒子のRNAを取り出し大腸菌の抽出物に加えin vitroでの蛋白合成を見る。するとウイルスの被核(coat)蛋白しか出来ない。coat蛋白の翻訳は、感染後菌体内で最初に起こる翻訳である。そうなる理由は、A遺伝子とreplicase遺伝子それぞれの上流でRNAが2次構造を取りcoat遺伝子上流のribosome結合部位のみが使用可能な為である(stage1)(図14-(2))。

 菌体内で、coatが翻訳され更に下流に翻訳が進むと、ribosomeの進行により、replicase上流の2次構造(折りたたみ構造)を作っているRNA鎖内の水素結合が外れる。すると、replicase (pol) 上流へのribosomeの結合が可能となる(stage2)。

 replicaseが出来ると、この蛋白は宿主蛋白の助けを借り−鎖のRNAを合成する。この−鎖のRNAを鋳型とし+鎖のRNAが作られる反応にはファージreplicaseのみが関わる。

 +鎖RNAが転写され始めると、RNAの転写が進み2次構造が出来る前にA遺伝子上流にribosomeが結合し、A遺伝子を翻訳し始める。一度翻訳されるとすぐRNAは2次構造を作るので、一度しか翻訳されない。つまり、ウイルス粒子中のA蛋白とRNAの量比は1:1となる。A遺伝子産物はMS2ファージが性線毛に吸着する為に必須の蛋白である(stage3)。

 coat蛋白が菌の中に溜るにつれ、+鎖のreplicaseの翻訳も抑えられる。これは、ウイルスゲノムRNAと結合しウイルス粒子を作る性質のあるcoat蛋白がreplicase上流に結合する為である。coat蛋白が付けばここからのRNAの翻訳は出来なくなる。coat蛋白の翻訳開始部位は蛋白に占拠されていないから、coat蛋白の翻訳は阻害されない。

 lysis遺伝子の翻訳は、coat遺伝子の翻訳が終わってから、ribosome が frameを変えて翻訳を開始する事によると考えられている。この確率は非常に低い。結果として感染後期にlysis遺伝子が発現される事となる。

 ここで注意したいのは、次の点である。ウイルス粒子形成はウイルス核酸とウイルス蛋白の会合による。つまり、+鎖RNAウイルスでは、ウイルス蛋白は翻訳の鋳型となったウイルスmRNAと結合する。この様な結合はウイルス遺伝子の翻訳を抑える筈である。つまりRNAウイルスの複製過程ではウイルス蛋白によるウイルス遺伝子発現への負の制御がありえる。どうやって、この負の制御から逃れて翻訳が可能なのであろうか。

図14-(2)

 

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