第12章 バクテリオファージ T4 と T7

 DNA をゲノムに持つファージである。T4 および T7 ファージは大腸菌に感染する。

 大腸菌にバクテリオファージの DNA が注入されると、DNA からの mRNAへの転写、mRNAからの蛋白の読み取りが起こる。
 ファージには幾つかの遺伝子がある。これらの遺伝子はタイミングよく発現されねばならない。例えば、ウイルスの粒子蛋白やゲノムの複製が起こる前に溶菌が起こっては、ウイルスは増えられない。
 DNA ウイルスの場合、このタイミングの調節は、どの遺伝子をいつ転写させるか、で決まる。

 1946 年に Seymour Cohen は T4 ファージの DNAは ATGC の4つの塩基の内Cは全てhydroxymethyl-cytosine(HMC)である事を見いだした。大腸菌には cytosine をHMCに修飾する酵素は無いので、ファージがその酵素をコードすると推定した。これが、ウイルスには遺伝子がある事の最初の発見である。

12−1:T4ファージ

 T4 ファージが大腸菌に感染すると、まず,初期遺伝子が発現する。上に述べたCをHMC に変える dCMP hydroxymethylase、HMC に糖を付ける glycosyl transferase 、宿主 DNA を特異的に壊すDNAse、dCTPase などである。始めの2つの酵素はT4DNA の構成成分である glycosylated HMC の合成に必要であり、DNAse は宿主 DNA を分解しそのヌクレオチドをファージ DNA合成に利用する事を可能にする。dCTPase は宿主DNA合成に必要な dCTP を分解し、その DNA 合成を止める。つまり、初期遺伝子の発現はファージに有利なように宿主内の代謝を変えてしまう。初期遺伝子 mRNA はクロランフェニコル(CM)で蛋白合成を抑えても転写が進行するので、大腸菌の持っていた RNA ポリメラーゼが T4 ファージの転写をした事が分かる。

 初期遺伝子発現の後 DNA 複製、さらに T4 ファージ粒子蛋白の合成が起こる。蛋白合成を止めるクロランフェニコール(CM)を感染直後加えると、上述の様に初期mRNA合成は起きるが、ファージDNA、後期 mRNA、後期蛋白、全部の合成は起こらない。つまり、DNA 合成や後期 mRNA の転写にはファージのコードする初期蛋白酵素の発現が必要な事がわかる(図12-1)。 図12-1
 

12−2:T7 ファージ

 T7 ファージの遺伝子は大きく2つのブロックに分けられる。初期遺伝子と後期遺伝子である。初期遺伝子は左 20 %、後期遺伝子は右 80 %を占める。これらの遺伝子の発現はどう調節されているのであろうか?

(1)T7 ファージを大腸菌に感染させると、初期、後期いずれの mRNA も作られる。

(2)感染の時CMを加えておくと、初期 mRNAしか出来ない。

(3)リファマイシン(Rif)は大腸菌の RNA ポリメラーゼのベータサブユニットに結合し転写を抑える。Rif感受性のRif s 大腸菌にT7ファージを感染させ、すぐ Rif を加えると、初期mRNA の合成は 抑えられる。しかし、後期(8分後)にRifを加えても後期 mRNA の合成は抑えられない。つまり、初期mRNA はRif感受性Rif s であり、後期mRNA はRif耐性Rif r である。

(4)gene 1 に変異のあるT7 ファージは後期mRNA を合成できない。

(5)T7DNA を鋳型にし、大腸菌 RNA ポリメラーゼによるin vitro の転写を行うと初期 mRNAだけが出来る。

(6)T7 感染大腸菌 RNA ポリメラーゼを用い同様の実験をすると、後期 mRNA しか合成されない。

 以上の実験から、幾つかの事が推論される。

 実験(2)から、初期 mRNA は大腸菌の RNA ポリメラーゼにより転写され、後期 mRNA 合成には T7 ファージ感染後新たに作られる蛋白が関与する事が結論される。この蛋白はおそらく後期mRNA を転写する RNA ポリメラーゼであろう。

 実験(3)から、後期 mRNA を合成する RNAポリメラーゼはリファンピシン耐性(Rif r )で、リファンピシン感受性(Rif s )の大腸菌 RNA ポリメラーゼとは異なると推論出来る。

 in vitro の実験(5)(6)から、T7 の初期および後期 mRNAはそれぞれ別の転写特異性を持つ RNA ポリメラーゼで転写される事が更に確認される。

 そして、実験(4)から gene 1 は、Rif r の後期遺伝子を転写するポリメラーゼの活性に必須の遺伝子である事が示唆される。

 T7 ファージの遺伝子発現は次のように制御されている。感染するとすぐ大腸菌 RNA ポリメラーゼは初期遺伝子プロモーターPEに結合し、TE 迄転写する。そこで、初期遺伝子 gene 0.7 の産物が出来るが、これは、宿主ポリメラーゼを燐酸化する酵素で、燐酸化によりポリメラーゼ活性は1/3 に下がる。(即ち、宿主 DNA の転写が1/3 に下がる。この時点では T7 の初期遺伝子は転写された後だから、T7 の増殖には影響ない)。gene 1はやはり初期遺伝子で 後期遺伝子を転写する RNAポリメラーゼ(Rifr)である。後期遺伝子の gene 2 は燐酸化された宿主 RNA ポリメラーゼと結合し完全に宿主の遺伝子発現を抑える働きがある。

 後期遺伝子にはファージ粒子形成に必要な構造遺伝子、溶菌を起こす遺伝子がある(図12-2)。

図12-2

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