第11章 ウイルスとは

 細菌でも動物細胞でも、遺伝情報は、DNA にあり、RNA に転写され、さらに蛋白に翻訳されて、その発現に至る。即ち、

        DNA → RNA → protein
である。

 ウイルスは宿主のこの遺伝情報の流れに乗り、或は完全に乗っ取って、その遺伝情報を増幅し、その子孫ウイルス粒子を作る。

 RNA と DNA はお互いに対応する塩基配列を持つので、遺伝情報は DNA であっても RNAであっても良い。又、1本鎖であっても、2本鎖であっても持つ情報は変らない。1本鎖の場合、mRNAと同じ極性(プラス鎖)でも、逆の極性(マイナス鎖)であってもよい。これに対応し、ウイルスの方も、1本鎖あるいは2本鎖の RNA あるいはDNA ウイルスがあり、極性もプラス、マイナス両方ある(図11)。

<問い>遺伝的な安定性から考えると2本鎖は1本鎖に優る。何故か?

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11−1:ウイルス粒子の構造

 ウイルスは細胞外では粒子構造を取る。即ち、遺伝情報としての核酸が、蛋白の殻に包まれている。ウイルス粒子はそれが次の宿主細胞に出会う迄、遺伝情報を保護しておく為のものである。

 マイナス鎖あるいは2重鎖のRNAを遺伝情報として持つウイルスは、次の宿主に入ってもゲノムがmRNAの構造をしていないので、遺伝子の発現が出来ない。このようなウイルスは、必ず、ウイルス粒子内にRNAポリメラーゼを持つ。

宿主細胞に入ると、まずウイルス粒子内のポリメラーゼがゲノムRNAを鋳型としてmRNAを転写し、次いでウイルス複製に必要な酵素を作る。

 ウイルスの遺伝子のサイズは限られている。例えば、ポリオウイルスは約 8,000 塩基からなる。1遺伝子 1,000 塩基として、蛋白としては8種類しか作れない。作れる蛋白の種類は限られている。この為、ウイルス粒子は僅かの種類のサブユニット蛋白(capsomere)が沢山会合して作られる。
 

 この様な会合体が安定な構造を取るには対象形の構造を取る必要がある。各サブユニットは非対象形である。非対象形のものを3次元空間に並べ安定な対象形のものを作るには、helical symmetry 或は icosahedral symmetry (それぞれ、ラセン対象、正20面対象)のいずれかである。( I. Stewart:Game, Set and Math, Penguin Book)(図11-1)。

 上のような構造をカプシドと云う。ウイルスにより、カプシドがさらに細胞膜と同じリピド2重膜に囲まれているものがある。それにウイルスのエンベロープ蛋白が突き刺さっている。この様なウイルスを、エンベロープウイルス(enveloped virus)と云う。

 小児まひを起こすポリオウイルス、風邪の症状を起こすアデノウイルスなどはエンベロープを持たない。エイズウイルス(HIV)、B型やC型肝炎ウイルス、インフルエンザウイルスなどはエンベロープウイルスである。

図11-1
 エンベロープウイルスはエンベロープが壊されると感染性がなくなるので(感染の第一段階でエンベロープ蛋白が細胞の受容体と結合する事が必要だが、エンベロープが無くなればエンベロープ蛋白も失われる)、リピド2重膜を壊すような物質、例えばクロロホルム、アルコール、中性洗剤、などで感染性を失わせる事が出来る。

11−2:ウイルスの感染サイクル

 感染は(1)吸着、(2)侵入、(3)複製、(4)会合、成熟、放出、の4つの段階に分けられる。

11-2-1:吸着

 吸着にはウイルス側と細胞側両方にお互いを認識する物質が必要である。エイズの原因である HIVのエンベロープ蛋白はヒトの特定のT細胞(ヘルパーT細胞)上の CD4 分子を認識し感染する。CD4 分子はヒトとチンパンジーの CD4T細胞にしか存在しないから、HIV に感染するのはヒトかチンパンジーであり、やられる細胞はCD4T細胞である。つまり、吸着は宿主・組織特異性を決める1つの段階である。

 最近CD4の他に2種類のサイトカインレセプターがHIV感染に必要な事が分かり、それぞれ、マクロファージあるいはT細胞への親和性を決めている事が分かった。又、この様なサイトカインレセプター遺伝子を欠く個体ではHIVの感染があまり起こらないことも分かって来ている(Science 272, 1740, 1996)。

11-2-2:侵入

 侵入には幾つかの方法がある。動物ウイルスの内、一部のエンベロープを持つウイルスはそのエンベロープが宿主細胞の細胞膜と融合することにより開始する。これを、envelope fusion と云う。この機構で取り込まれないエンベロープウイルスもある。この様なウイルスやエンベロープを持たないウイルスの場合、細胞が他の物質を取り込む機構 endodcytosis を利用し細胞に侵入する。

 細菌に感染するウイルスをバクテリオファージと云う。細菌には細胞壁があるので、動物細胞のようにはいかない。従ってバクテリオファージは動物細胞ウイルスとは違った手段を取らなければならない。

図11-2-2

 T4 ファージやラムダファージは核酸の詰め込まれた頭(head)と核酸を細菌に注入する為の尾(tail)がある。尾は注射器の針、頭は核酸の詰まった筒と考えれば良い。針は細胞壁を突き抜け細胞質に到達すると、DNA は注入される。f2 やQベータなどの RNA ファージ(球形)、f1, M13、fd などのDNA ファージ(棒状)は性線毛に接着し、それぞれ線毛の側面あるいは先端からDNA を注入する(図11-2-2)。

11-2-3:ウイルス遺伝子複製と遺伝子発現

 ウイルスゲノムが細胞に入ってからは次の二つの現象が起きる。

 (1)ウイルス遺伝子のタイミングのよい発現 

 (2)遺伝子である核酸の複製

 これについては、各ウイルスに付き、詳細を後述する。

11-2-4:ウイルス増殖の最終段階としての粒子形成

 ウイルス粒子形成はウイルス核酸とウイルス蛋白の会合(assembly)、ウイルス粒子の成熟(maturation)、放出(egress)からなる。

 ラムダファージやポリオウイルスなどでは、核酸が capsomere に包み込まれウイルス粒子が形成され、その後で細胞が融解しウイルスが放出される様に調節されている。
 ラムダファージの場合、頭は頭、尾は尾として会合が起こり、次いで頭と尾が会合する(図11-2-4)。

 それぞれの変異ファージを作製し、一つの菌では頭の蛋白だけを作らせ、他の菌では尾だけを作らせる事ができる。カプシドに包まれる為のシグナル(cos)を持った DNA を、これらの菌の溶解液(lysate)と混ぜると感染性粒子が出来る。in vitro packaging と云う。

 HIV のようなエンベロープウイルスでは、ウイルスカプシドはエンベロープ蛋白が集まっている膜の下に輸送され、そこから芽が出るように放出される(budding)。細胞は必ずしも融解しない。ここではウイルスの粒子形成と放出の過程が同時に起こる。

図11-2-4

 細菌には厚い細胞壁がある。従って、細菌の中でウイルス粒子が出来、細胞膜は壊れても、細胞壁内に閉じこめられ、外に出てこられない状況になる事が予想される。つまり、細菌で増殖するバクテリオファージは何か細胞壁を壊す機構を持っている 筈である。

 実際、色々な機構が分かっ来ている。

 一つの機構は、2重鎖DNAバクテリオファージに見られるもので、ファージのコードするendolysinが細胞壁を壊す現象である。しかし、endolysinが細胞壁に到達するには細胞膜を通過しなければならない。その為にこれらのファージは、endolysin を外に出す為に細胞膜に発現するholinをコードしている。

 第二の機構は細胞壁合成を止めることである。RNAファージであるQβファージや一本鎖DNAファージのφX174に見られる。例えば、φX174は、自身がコードするprotein Eを細菌の細胞膜に発現させ、murein前駆体がlipid carrierへ受け渡される反応を止める(Science 292, 2263, 2001)。

11−3:ウイルス遺伝子の複製

 ウイルスの遺伝子は DNA か RNA である。1本鎖か2重鎖か、直鎖状か環状かで更に分類される。

11-3

 RNA は相補的な RNA 又は DNA 鎖を鋳型とし、5'端から3' 端へ向け転写される事により複製される。従って、直鎖状でも環状でも完全に複製は起こり得る。

 DNA は合成開始点から両方向あるいは片方向へ、semi-conservative に進行する。それぞれのDNA 鎖は5'から3'方向に延びていく。一方は leading strand であり、片方は lagging strand である。合成開始には必ず RNA プライマー合成を必要とする。

 ラムダファージや T4 ファージは直鎖状 DNA を持っている。T4 ファージの場合 DNA 合成開始点は複数ある。一番端の DNA 合成開始点を考えてみる。片方の合成は leading strand であるから端迄進行する。他方は lagging strand であるので、Okazaki fragment より短い複製されない部分が端に必ず残る筈である。そうすると、このようなファージは複製する度に遺伝子を端から失う筈である。ファージはこの問題をどう解決しているであろうか?(図11-3-(1))
 端が無くならない為には、端が無くなっても大丈夫なように端を重複させるか、環状になり糸巻から糸がほぐれるような rolling circle のメカニズムを利用するかのいずれかの手段を取るなどの方法がある。

 T4 ファージの場合、沢山出来た DNA コピーは組み換えによりファージ遺伝子が同じ向きに沢山つながった concatamer を作る。T4 ファージのファージカプシドはウイルス粒子容量一杯にこの長い DNA の端から全遺伝子セットより 4,000 塩基分長く詰め込んでいく(headful mechanism)。こうすると、端には 4,000 塩基の重複が出来る。両端それぞれ 1,000 塩基(Okazaki fragment)が複製されなくても、子孫のウイルスには全部の遺伝子が揃う事になる(図11-3-(2))。

 ラムダファージの DNA は、細胞内で環状になり、rolling circle 型の複製をする。すると、自然に concatamer が出来る。しかし、T4ファージとは異なりつながったゲノムの境界部分(cos)を packaging の機構が認識し、正確に同じサイズのゲノムをウイルス粒子に詰め込んで行く。
 一方、環状 DNA では、直鎖 DNA の複製に於けるような問題は全く起こらない。

図11-3-(1)

図11-3-(2)

 

11−4:Telomere

 ヒトの染色体DNAは直鎖状の2重鎖DNAである。従って5'端の複製に関する問題はここでも起こってくる。最近この構造について面白い事が分かってきた。

 ヒトでも他の動植物でも、染色体の末端にはtelomer構造という特殊な構造をとる。例えば脊椎動物では末端に 5'-CCCTAA-3'/5'-TTAGG-3'の様な構造を単位とする繰り返し配列がある。種によって異なるがマウスでは150Kbの長さにもなる。Telomerase が Telomer の伸長を行うが、この酵素には上の配列の鋳型となる RNA と一体となってくっついているので、この配列が沢山つながって行く訳である。正常細胞ではこの活性がなくなるが、ガン細胞ではその活性が高くなり、そのためにガン細胞の不死化が起こると云う説がある。

図11-4

 

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