第5章 細菌のエネルギー産生経路

 

 細胞膜を通って取り込まれた物質はどのように細菌に利用されるのだろうか?

 次のようにまとめられる(図5)。
 (1)一連の酵素反応のエネルギー源を作り、種々の物質の前駆体を作る fueling reactiom(燃焼反応)、
 (2)糖、脂肪酸、アミノ酸、ヌクレオチドを作るbiosynthetic reaction(生合成)、
 (3)これらの物質を重合し、リピド、リポ多糖体、グリコゲン、ムレイン、蛋白、RNA,DNAを作るpolymerization(重合),
 (4)細胞壁、細胞膜、鞭毛、細胞質物質、ポリゾーム、ヌクレオチドなどを作る assembly (会合)のステップに分けて考えられる。

5−1:エネルギー産生経路

5-1-1:Embden-Myerhofの経路とTCAサイクル

 ここでは、fueling reaction 、即ち、取り込まれた物質がどうやってエネルギー源に変換されるかを考える。

 ラクトースのような糖でも、まずグルコースに分解され、fueling reaction の系に入って行く。この系は、グルコースからピルビン酸になるEmbden-Meyerhof 経路、それがアセチルーCoAを経てTCAサイクルに入る経路から成り立つ(図5-1-1)。

 Glucose(以下炭素をn個持つ物をCnと略す)は、Glyceraldehyde-3-P (C3), 1,3-diphosphoglycerate(C3) を経て、pyruvate (C3) になる。pyruvate から1分子のCOがはずれAcetyl-CoA (C2)となり、oxaloacetate (C4)と反応し、citrate (C6)となってTCAサイクルに入る。

図5-1-1

 TCAサイクルが一回りした時の反応をまとめると次のようになる。

(1) Glucose (CH12 O6 )→2 pyruvate (C3H4O2 ) + 4[H]
この反応で正味2分子のATP と2分子のNADHが出来る。

(2)2分子pyruvate (C3)→2分子acety -CoA +2CO2 +4[H]
この反応で、2分子のNADH が出来る。

(3)acetyl 基はacetyl-CoA から oxaloacetate に受け渡され、TCAサイ クルに入る。TCAサイクルではAcetyl-CoA1分子が入る毎に2分子 の CO2 が出来る。この反応で6分子のNADH2、2分子GTPと2分子のFADH2 が出来る。

 教科書には、上に説明した呼吸(respiration)によるグルコースのエネルギー生産は次のようにまとめている。

「C6H12O6 + 6O2 →6CO2 + 6H2O

 この反応で 結果として38分子の ATP が作られる。」

5-1-2:エネルギー生産

 どうやってATPが出来るのだろうか?

図5-1-2-(1)

 細胞膜には、flavoprotein、ubiquinoneから成るhydrogen carrierとiron-sulfur 蛋白、チトクロームbからなるelection carrierで構成される電子伝達系がある。NADH → NAD +2H の反応で電子伝達が始まり、電子は最後にチトクロームO により酸素に受け渡される。
即ち
  2H+2e+1/2O2 → 2H+ O−−

この反応で4分子のH+ が細胞外に出される(図5-1-2-(1))。

 

 これを、primary active transportという。secondary active transportで利用されるpH 勾配はこの様にして出来る。この様にして出来たpH 勾配は、H+ イオンが F1FoATPase を通って細胞内に入る原動力となる。

 H+ がF1FoATPaseを通って入って来ると、ADPがATPに変換される。つまり、NADH2が出来るとpH 勾配が出来、その結果H+イオンがF1FoATPaseを通って入って来ると ADPがATPに変換され、これがエネルギー源として使われる。 NADH21分子あたりほぼ3ATP分子が出来る(図5-1-2-(2))。

図5-1-2-(2)

 この反応は可逆反応なので F1FoATPase はATPをADPに変換し、同時にH+を細胞外へ出し得る。
 エネルギー生産の全体の反応を図5-1-2-(3) にまとめてある。

図5-1-2-(3)

5-1-3:呼吸と発酵

 ここで、呼吸と発酵を定義する事が出来る。
 呼吸は、酸素、NO3 -, SO4 - - など無機物を最終的電子受容体とするエネルギー生産反応である。
 酸素が最終受容体であれば、好気性呼吸(aerobic respiration)、それ以外の時は嫌気性呼吸(anaerobic respiration)と云う。

 発酵(fermentation)は、最終的電子受容体が有機物で、エネルギー源となる化合物の分解産物である事が多い。lactate 発酵では、2分子のATP合成に留まり、効率が悪い。式に書くと、
  2 Glucose → 2 Lactate + 2 ATP
グルコースの分解産物のlactate が最終電子受容体である(図5-1-3)。

図5-1-3

 

 Enterobacteria は種特有の多彩な発酵経路を持っているので、発酵産物は菌分類の手がかりになる。

 Enterobacteria(腸内細菌科)細菌の分類同定にエンテロチューブというものが用いられる。これは沢山の寒天培地を小さなコンパートメントに詰め、針金を中に通したものである。針金の先でコロニーをつつき、針金を引くと、コンパートメントの寒天に 植菌される仕組みになっている。結果は糖を発酵しpHの変化で色が変るか変らないかで見るためコード化出来る。コード番号の表を引くと菌名が出る仕掛になっている。

 大腸菌は酸素存在下で aerobic respiration をし、酸素がなくなると他の電子受容体 NO3 -を利用した anaerobic respiration をし、それもなくなると、発酵を行う。結核菌はaerobic respirationしか出来ない。Clostridia(ボツリヌス菌、破傷風菌、ウエルシュ菌)や連鎖球菌は好気性、嫌気性いずれの呼吸も出来ず発酵しか出来ない。

5−2:好気性菌と嫌気性菌

 酸素要求性は菌により異なり、分類の鍵になる。次の様に分類する。

  1. 絶対好気性 (obligate aerobe)
    aerobic respirationのみがエネルギー産生系(結核菌)
  2. 通性嫌気性 (facultative anaerobe )
    酸素があってもなくても増殖出来る。これには2種類ある。
    大腸菌のように好気性呼吸と嫌気性呼吸、或は発酵が可能なもの。
    連鎖球菌のように酸素存下でも発酵しかせず、酸素があっても死なないもの。
  3. 絶対嫌気性菌 (obligate anaerobe)
    酸素存在下で死ぬもの。例えば、Bacteroides、Clostridiumなど。

5−3:真核細胞のエネルギー産生系と共生進化

 真核細胞のエネルギー産生系はどうなっているのだろうか?真核細胞にも細菌と同じような解糖経路とTCAサイクルがある。
 真核細胞ではグルコースから pyruvate への解糖経路(Embden - Meyerhof 経路)は細胞質にある。出来た pyruvate はミトコンドリアへ運ばれ、TCAサイクルに入る。ここで、6分子のNADH2 と2分子の FADHが出来る。 NADH2 と FADHは、細菌の細胞膜にあるのと同様な機構で NAD+H2 、FAD+Hに変換され、それぞれの反応で出来た2Hがミトコンドリアの外、つまり細胞質、に放出される。細胞質のHが、イオン勾配を利用し、ATP 合成酵素であるチャンネルを通りミトコンドリアに入ってくると、ADPは ATP に変換される。即ち、基本的にはミトコンドリアの膜が細菌の細胞膜と同じ機能をしてエネルギー産生をしている事になる(図5-3)。
 この、Hイオンの膜輸送によるエネルギー産生は、1961年 Peter Mitchellが提唱したもので、それが認められるには 20年以上の月日を必要とした。

 ミトコンドリアは細菌と同じ様な環状 DNA を1コピー持つ。ミトコンドリアが増える時、細菌DNA と同様な様式で複製される。このDNA は、遺伝子として、NADH hydrogenase、cytochrome oxidase、cytochrome、ATP合成酵素などエネルギー産生に必要な酵素遺伝子と、22のtRNA 遺伝子、16S及び12S rRNA 遺伝子をコードしている。

 上に述べた細菌の機能的、構成的類似性から、ミトコンドリアの起源は細菌細胞の真核細胞内共生にあるのではないか、と云う仮説が出されている(Lynn Margulis, Symbiosis in Cell Evolution Freeman 1981)。
 動物細胞のリボゾームは80S(S値は沈降遠心で物質を分けた時の係数で、概して云えば値の大きい方が重い)で主な rRNA として 29S、18S、5.8S、5S、の RNA を持つ。原核細胞のリボゾームは 70Sで、主なRNA は、23S、16S、5SRNA である。動物細胞のミトコンドリアにある 50ー55S のリボゾームは機能構造や抗原性において原核細胞リボゾームに似ている。ストレプトマイシンは 70Sリボゾームに特異的に働き細菌の蛋白合成を抑えるが、宿主細胞にも毒性がある。これは、ストレプトマイシンが細菌細胞のリボゾームに似たミトコンドリアのリボゾームにも働く為である。

 実際種々の蛋白合成を阻害する抗生物質の作用域はミトコンドリアと細菌で共通している(下表で+は阻害あり、-は阻害なし)

mitochondoria

bacteria

cytoplasm (動物細胞)

puromycin

+

+

+

cycloheximide

-

-

+

chloramphenicol

+

+

-

erythromycin

+

+

-

streptomycin

+

+

-

tetracycline

+

+

-


図5-3

 

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