第3章 細菌の構造

 

 如何なる構造も機能と切り放して理解する事は出来ない。

3−1:細菌の形、大きさ

 細菌を形で分けると、球状の球菌(coccus)、棒状のかん菌(bacillus又はrod)、ラセン状のラセン菌(spiral organism)あるいはビブリオに、大きく分けられる。

 菌のお互い同士の連なり方で、連鎖球菌、ブドウ球菌と云うような分類をしている場合もある。

 連鎖状に並ぶのは、菌の分裂面が常に平行である為であり、ブドウ状になるのは分裂面が互いにランダムだからである(図3-1-(1))。

図3-1-(1)

 細菌細胞はDNAを含む nucleoid、細胞質、細胞膜、細胞壁、から成る。グラム陰性菌は細胞壁の外に外膜を持つ。これに、鞭毛、線毛、きょう膜など付属器官を持つものもある(図3-1-(1))。

 細菌は大変小さい。1mmの固まり(平板上の一つのコロニーの大きさ)で10細胞がいる。大腸菌は栄養が良い条件だと20分に一回分裂する。計算してみると、一匹の菌が地球の容量に迄増えるのはたったの43時間でその2時間後には地球の重さに迄増える事になる(図3-1-(2))。

図3-1-(2)

3−2:グラム染色による細菌の分類

 この分類はグラム(Christian Gram, 1884, デンマーク人)の考案した染法に基づく。

 総ての菌は構造上、グラム陽性、陰性、いずれかの仲間に分類される。抗生物質の処方の時にも分離菌がいずれに属するかが大きな参考になる。

従って十分な理解が必要である。

 

 <方法>
 細菌をガラス板上に固定する(ガラス板に菌を塗り付け乾かす)。

     ↓ 

 クリスタルバイオレット(青)染色、
 次いで水洗。

     ↓

 NaI+I2(媒染剤)処理。

     ↓

 アルコールで洗う。

     ↓

 サフラニン(赤)で染色。

 青がグラム陽性、赤がグラム陰性である。即ちグラム陰性菌はアルコール処理で脱色され、陽性菌は脱色されない(図3-2)。

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 かつては、グラム染色は原法に従って染色液を作製し使用していたが、これでうまく染め分けるのは大変難しい。現在は誰がやってもうまく行くように商品化された物がある(日水製薬)。これを使用すればまず失敗しない。髄膜炎、腹膜炎で細菌感染が疑われたら、すぐスライドに取って染色して見なければいけない。染色液は高価なものではない。病室、外来に常備しよう。

 グラム陽性菌と陰性菌の基本的な違いは外膜(outer membrane)が有るか、無いかにある。又、細胞壁はグラム陽性菌の方がより厚い。即ち、

外膜 細胞壁
グラム陽性菌  無い 厚い(250nm)
グラム陰性菌 有る 薄い(8 nm)

3−3:細菌の分類

グラム染色 記憶すべき菌名
球菌 陽性 ブドウ球菌(Staphylococcus)
連鎖球菌(Streptococcus)
肺炎球菌(Pneumococcus)
マイコプラスマ(Mycoplasma)
陰性 淋菌(Neisseria gonorrhoeae)
髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)
かん菌 陽性 リステリア(Listeria)
ジフテリア(Corynebacterium  dyphtheriae)
$炭そ菌(Bacillus anthracis)
$*ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)
$*破傷風菌 (Clostridium tetani)
$*ガスえそ菌(Clostridium perfringens)
抗酸菌(マイコバクテリア、Mycobacterium)
:結核、らい
陰性 赤痢菌(Shigella)
大腸菌(Escherichia coli)
サルモネラ菌(Salmonella)
チフス菌(S. typhi)
インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)
肺炎かん菌(Klebsiella pneumoniae)
百日咳菌 (Bordetella pertussis)
コレラ菌 (Vibrio cholerae)
キャンピロバクター(Campylobacter)
緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)
在郷軍人病(Legionella pneuophila)
*バクテロイデス(Bacteroides)
スピロヘータ(Spirochete):梅毒
レプトスピラ、ボレリア(ライム病)
クラミジア(Chlamydia):トラコーマ、オウム病
非淋菌性尿道炎
リケッチャ(Rickettsia):つつがむし病

* :酸素存在下で死ぬ菌(胞子を除く)。
$ :胞子を形成する菌。胞子は熱、乾燥に強い。

 外膜の有無で分けてみると、クラミジア、リケッチア、スピロヘータなどはグラム染色では分類しないが(スピロヘータはよく染まらない)、外膜を持つので、基本的にはグラム陰性菌である。細胞壁を持たないマイコプラズマは外膜を持たないからグラム陽性菌の仲間である。結核菌は好酸性菌として別に分類される。しかし、外膜を持たないので基本的にグラム陽性菌の仲間である。この様に外膜の有無で細菌を大きく2群に分けることが出来る。

3−4:細胞膜と細胞壁

3-4-1:細菌の膜壁構造

 細菌は生きて、増殖する為に栄養分を取り入れなければならない。処が、細胞膜は、疎水性のリピド2重膜(lipid bilayer)である。従って親水性の物質は通さない。

 細胞壁は、NーアセチルグルコサミンとNーアセチルムラミン酸が交互に連なった糖鎖がオリゴペプチドで架橋された構造を持つ。ペプチドグリカン(peptide glycan)という。糖なので親水性である。従って疎水性の物質は通さない。
 ブドウ球菌などの細胞壁には、タイコ酸(Teichoic Acid)が存在し、細菌の宿主細胞への付着に関与する。結核菌の細胞壁にはワックス(mycolic acid)が存在し、菌を乾燥などに耐えるものにしている。

 外膜は、細胞膜同様、リピド2重膜である。よって、親水性物質を通さない。しかし、外膜の外側の膜は外側に糖鎖を伸ばしているので、疎水性物質をも通さない(図3-4-1)。

 このように菌の表面は親水性の物質も疎水性の物質も通さない構造になっている。では菌は栄養に必要な物質(多くは親水性)をどうやって取り込むのだろう?

 グラム陰性菌の一番外側は外膜であるが、ここにはポーリン(porin)(図3-4-1)と云うタンパク質で出来た構造がある。ここを通って必要な親水性物質が取り込まれる。後で述べる様に、グラム陽性菌陰性菌いずれの細胞膜にも物質輸送の為の構造があり、これが物質輸送を行う。つまり、細菌の表面全体からただ無差別に取り込むことはしない。アミノ酸にせよ糖にせよ特別の入口を使って取り込まれる。細胞から不要な物質を捨てる場合にも特別な出口が必要である。細菌がテトラサイクリン耐性になるのは、この抗生物質を菌体外に汲み出す蛋白があるからである。

 動物細胞にも、色々な物質に特異的な物質輸送の為の蛋白(transporter)がある。このような蛋白が欠損すると病気になる。Cystic Fibrosisという遺伝病はCl-を輸送する蛋白の変異が原因で、肺に粘液が溜まり緑膿菌の重症感染を起こす。抗癌剤が効かなくなった癌や、クロロキン耐性マラリアの場合、薬を細胞内から外に追い出すMDR蛋白(Multidrug Resistance Protein)と云う蛋白の過剰発現による事が知られている。上記の細菌のテトラサイクリン耐性の機構と殆ど同じである。

図3-4-1

3-4-2:グラム陰性菌の外膜

 外膜は二重膜で、内側の膜はリピドである。外側の膜はリポ多糖体である。リポ多糖体は、細菌の内毒素そのものである。グラム陰性菌による感染における発熱、補体やマクロファージの活性化、ショック症状は内毒素による。外側にのびる糖鎖の先端に近い部分はO-抗原である。糖鎖が十分伸びずO-抗原の無い菌は、病原性が無く、細菌集落の表面はザラザラした感じで、roughと云われる。O-抗原を持つものは集落の表面が滑らかなので、smoothという。病原性がある。日本で近年大流行した大腸菌O157のOはこの抗原の番号を示すという意味で、頭にOという符号がついている(図3-4-1 図3-5-1)。

 糖鎖が伸びないのは、糖をつなぐ酵素が無い為である。蛋白のアミノ酸配列はDNAの核酸配列に対応し、1アミノ酸の変異は核酸1トリプレット(CUU→UCU : Leu→Ser)の変異に対応するが、糖鎖の変異は、順次反応を司る酵素(蛋白)の変異に対応する。細胞壁を作るペプチドグリカンのペプチド合成は、普通の蛋白合成とは異なり各アミノ酸をそれぞれに対応するトランスペプチデーション酵素がつないで行く点で似ている。 リボソームを使わないのでnon-ribosomal peptide synthesis という(Science 295, 2205-2207, 2002)。

3-4-3:細菌の付属構造物

 細菌には付属物質がある。鞭毛(flagella)は運動器官である。鞭毛を持つ菌を栄養分を含むゆるい寒天平板の中心にスポットすると、同心円状に菌の増殖したゾーンが見られるようになる。これはスポットの外側のより栄養が消費されていない方向へ菌が運動する為である(図3-4-3)。これも抗原性があり、菌株の識別に都合がよい。大腸菌O157H7という時のH7の7は鞭毛抗原(H)の番号である。

<問>平板の中心に残って増殖する菌が見つかる事がある。これはどのような性質の菌か?

 鞭毛は螺旋状になっている。鞭毛が螺旋方向に回転すればプロペラで進む船のように、菌は鞭毛付着部を尻にして直進する。回転方向が逆になると、鞭毛はでたらめな tumble と云われる運動になり菌はその場所でクルクル回りをする(コイル状の紐をたらし、左右それぞれ回転させて見ると、実際このような運動をするので確かめてみるとよい)。菌が全体として栄養分の多い方向へ移動するのは、菌の進行方向が栄養分の多い方向と一致していれば螺旋方向の鞭毛回転が長く続き、そうでない場合は螺旋方向の運動が長続きせずすぐ tumble してしまう為である。この情報伝達には蛋白のメチル化が関係している(図3-4-3)。

 線毛(pilus, pili)は他の菌或は宿主の細胞と接着する為の器官である。他の菌との接着に利用されるものは、遺伝子の伝達をする為、性線毛(sex pili)と云われる。宿主細胞と接着するものは、病原性を決める。piliを失うと病原性もなくなる。細菌と宿主の出会いはpiliを介した接着で始まるからである。繰り返すと、線毛は、細菌が他の細菌あるいは動物細胞と相互作用をするにあたって最初に必要な接触を行う器官である。

 莢膜(capsule)は細菌の外側に存在する構造物である。細菌を宿主の攻撃から守り、多くは多糖体である。従ってこれを持つ細菌は持たない菌と比較し病原性が高い。

図3-4-3

3−5:細胞壁に作用する抗生物質

 細胞壁は、Nーアセチルグルコサミン(GlcNAC)とNーアセチルムラミン酸(MurNAC)が交互につながった糖鎖(transglycosidaseで重合される)

    −GlcNAC-MurNAC-GlcNAC-MurNAC−

がペプチド鎖で架橋され網状の構造を作っている。

 この合成はどうやって起こるのだろう。細胞壁は細胞の外であるから、全部の反応が細胞内あるいは細胞外で起こるとは考え難い。

 トランスペプチダーゼにより、 UDP-MurNAC にL-Ala, D-Glu, L-Lys, D-Ala−D-Ala の順序で5つのペプチドが添加され、
 UDP-MurNAC-(L-Ala−D-Glu−L-Lys−D-Ala−D-Ala)
が出来る。

 蛋白を構成するアミノ酸は全て L-型であるが、ペプチドグリカンの5つのアミノ酸からなるペプチド(pentapeptide)には D-型アミノ酸が存在することに注意したい。

 出来た UDP-MurNAC-(L-Ala−D-Glu−L-Lys−D-Ala−D-Ala)にグラム陽性菌ではglycyl-t-RNA から5つの Gly が転移し、
  UDP−MurNAC−L-Ala−D-Glu−L-Lys(Gly)
が出来る。

 グラム陰性菌では、
UDP−MurNAC−L-Ala−D-Glu−L-Lys(diaminopimelic acid) が出来る。

 これらは燐酸化されcarrier lipidと反応し、carrier lipid-P-P-MurNAC-pentapeptideの形になる。

 これは UDP-GlcNAC と反応し、

  carrier lipid-P-P-MurNAC-pentapeptide-(Gly)5

GlcNAC 

となる。

 GlcNAC−MurNAC−pentapeptide−(Gly)5は carrier lipid から細胞壁のペプチドグリカンに受け渡される。しかし、これではGlcNac-MurNac-pentapeptide-(Gly)5が繰り返す糖鎖が出来るだけである(図3-5-(1)左下)。

 ペプチドグリカンが丈夫な編目を作るにはペンタペプチド間の架橋が必要である。架橋は、グラム陽性菌では(Gly)5、グラム陰性菌では diaminopimelic acid が別の鎖のD-Ala−D-Ala と反応し完成される(図3-5-(1)右下)。もし別の鎖のD-Ala−D-Alaでなく同じ鎖のD-Ala−D-AlaであるとGlcNAC-MurNACの繰り返しの糖鎖はお互いに連結されず、丈夫な細胞壁は出来ない。どの様な機構が同じ鎖と別の鎖を識別しているのだろうか。

 唾液などに存在するlysozymeは糖鎖を切る。ペニシリンなどの抗生物質は上のプロセスの何処かを抑える。Cycloserine は L-Ala から D-Ala への変換と、D-Ala のトランスペプチデーションを抑える。Vancomycin はGlcNAC-MurNAC-pentapeptide-(Gly)のcarrier lipid から細胞壁への受け渡しを抑える。

 ペニシリン(penicillin)、セファロスポリン(cephalosporin)は架橋を抑える。ペニシリンは構造的に D-Ala−D-Ala に似る。つまり、架橋酵素の基質に似ている。従って、アイソトープ標識したペニシリンと細胞膜分画を混ぜ、放置してから電気泳動すると、架橋酵素が標識されたバンドとして見えてくる(図3-5-(2))。このように見えてくる蛋白をペニシリン結合性蛋白(PBP)と云う。メチシリン耐性となったブドウ球菌(MRSA)では感受性菌にない新しいバンド(PBP2')が出現する。

 狭域 penicillin はグラム陽性菌、一部のグラム陰性球菌、梅毒にしか効かない。グラム陰性菌には外膜があるため多くの場合penicillin がこれを通過せず、細胞壁合成部位に届かない。

 広域 penicillin は外膜を通過し、グラム陰性菌にも有効である。ただし、どの広域 penicillinもブドウ球菌の penicillinase(ベータラクタマーゼ)で壊される(図3-5-(2))。

  cephalosporin は penicillin 同様ベータラクタム環を持つ。ブドウ球菌のベータラクタマーゼでは壊されないが、多くのグラム陰性菌のベータラクタマーゼで壊される。半合成により,広い抗菌スペクトルを持った cephalosporin が開発され、第一(セファゾリン、セファレキシン)、第二(セファマンドル、セフォテタン)、第三世代(セフォタキシム、セフォペラゾン)と呼ばれる。第三世代のほうが抗菌域は広いがグラム陽性球菌への抗菌力は落ちる。MRSA (メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)による病院感染で犠牲者が多く出たのは、第三世代の cephalosporin を全ての菌に効く万能抗生物質と医者が誤解したのが原因 である。ペニシリンの仲間にはこの他 carbapenem 系、monobactam 系のものがある。

 <問い>グラム陽性菌をペニシリン存在下で増殖させると、細胞壁の無い菌になる。これを、protoplast と云う。マイコプラスマはこのような状態に良く似ている(ただし、マイコプラズマの細胞膜はステロールを含むという点で他の細菌とは違う)。陰性菌では同様の処理をするとどういう構造になるか?グラム陰性菌で出来る構造はprotoplastとは異なり、これをspheroplast という。

 protoplast あるいはspheroplast を作るもう一つの方法は?

 <問い>蛋白合成を止め、細胞分裂も止めるような抗生物質、例えばクロランフェニコル、存在下でグラム陽性菌をペニシリン処理したら、protoplast は出来るか?

図3-5-2

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