学会誌「ウイルス」

第52巻 1号 2002年 PP.89-94


[特集1〔Overviewセミナー〕]

14.HIV(3)
―HIV調節遺伝子による感染性の制御機構―

酒 井 博 幸

要旨:  HIV(human immunodeficiency virus)はヒトのAIDS(aquired immune deficiency syndrome)の病原因子である.HIVはレトロウイルス科に属しており,そのグループにはMuLV(マウス白血病ウイルス),ALV(トリ白血症ウイルス)が含まれている.レトロウイルスの生活環に見られる特徴はウイルスゲノムのRNAを逆転写酵素によってDNAに変換し,さらにそのDNAを宿主細胞の染色体へと組み込む点にある.いったんレトロウイルスの感染が成立するとその細胞はウイルスゲノム情報を持ったまま分裂し続け,細胞寿命が尽きるまでウイルスと共存することになる.MuLVではウイルスゲノムは3つの遺伝子(gag,pol,env)をコードしており,これらの遺伝子がLTR(long terminal repeat)と呼ばれる転写調節領域の制御の下で一つの転写ユニットからスプライシングや蛋白翻訳のフレームシフトなどを利用して巧妙に発現している.gagはウイルス粒子形成に関わる蛋白,polは逆転写酵素などの酵素活性,envは宿主細胞への吸着・侵入に関わる外被蛋白をコードしている.複製能を持つレトロウイルスとしてはこの3つの遺伝子が最小限必要であるが,HIVではゲノム上にその他に少なくとも6つの遺伝子を持っており,これらの遺伝子は制御遺伝子と呼ばれている(図1).MuLVが実験マウスでの発癌性などを指標に選択されてきた,どちらかというと人為的なウイルスであるのに対し,HIVは強い病原性を示し野生的なウイルスの性格を持つ.すなわち,HIVは宿主の防御機構から逃れ,宿主と静かに共存することなく宿主の免疫機構を積極的に改変することで独自の病原性を示すが,HIVのこのような性質にはHIV独自の制御遺伝子が関わっている可能性がある.このoverviewではHIVの制御遺伝子の機能に関する情報を整理し,今後の課題を提示したい(表1).


京都大学ウイルス研究所癌ウイルス研究部門
(〒606-8507 京都府京都市左京区聖護院川原町53)
Regulatory mechanisms of virus infectivity by HIV accessary genes.
Hiroyuki Sakai
Department of Viral Oncology Institute for Virus Research Kyoto University
Sakyo-ku, Kyoto 606-8507 Japan

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