学会誌「ウイルス」

第52巻 1号 2002年 PP.41-46


[特集1〔Overviewセミナー〕]

7.ボルナ病ウイルス
―多様な自然宿主と中枢神経系病態―

朝 長 啓 造

要旨: はじめに
 ボルナ病(Borna disease)は,ヨーロッパ中東部において250年以上前より知られていたウマの神経症状を主徴とする疾患である.その名前は,1885年,ドイツ東部サクソニー地方のボルナという町においてこの疾患の大発生がみられたことに由来している.それ以前には,'Hitzige Kopfkrankheit'の名前でこの疾患に関する記載がある.
 ボルナ病ウイルス(Borna disease virus;BDV)の主たる自然宿主はウマおよびヒツジである.急性感染したウマでは,進行性の髄膜脳脊髄炎を原因とする運動失調,抑うつ等の神経症状を呈し,その大部分が死亡する.一方で,BDV感染動物の多くは不顕性に経過することも知られている.BDVの自然感染はウマの他にウシ,ネコ,鳥類などにも認められている.また,このウイルスは実験的に齧歯類から霊長類までの多くの動物種に感染が可能であり,その感染性宿主域は極めて広いと考えられる.
 BDVとヒトとの関係がはじめて報告されたのは,1985年のことである.ドイツの研究グループが,精神分裂病患者にBDVに対する抗体が見つかることを報告したものである1).これにより,このウイルスがヒトにも病原性を持つ可能性が示唆された.しかし,脳内に持続感染しているウイルスを血液中から検出することや,極めて低い抗体価を判定することの難しさなど,このウイルスの疫学調査に対していくつもの問題点が指摘され,これら疾患との関連性には未だ明瞭な結論が得られていない.BDVは本当にヒトに感染しているのか.また,BDVはどのような機序で中枢神経系に障害与えているのか.ここでは,BDV研究の歴史から最近の知見,そしてヒト由来BDVを巡る議論をも含め紹介する.


大阪大学微生物病研究所ウイルス免疫分野
(〒565-0871 大阪府吹田市山田丘3-1)
Borna disease virus:its broad host range and neuropathogenesis
Keizo Tomonaga
Department of Virology, Research Institute for Microbial Diseases, Osaka University
3-1Yamadaoka, Suita, Osaka 565-0871

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